小説

『女子アナとメンへラ』ロザリンド理沙(『ジキルとハイド』)

「支配されたいんですか。変態ですね。」
 そう言うと私は、彼を押し倒しながら、片手でバッグの中を探った。白髪交じりの頭を撫でながら彼の視界を塞ぐ。まずは手錠をベッドにつなぎ、一気にもう片方に彼の手を押し込む。

カチッ

「俺を、どうする気だ?」興奮した声色で彼が聞いた。
「先生が望んだことですよ。そういう遊びです。」
 私は、身動きができない彼のスーツを丁寧にはだけさせていった。両手が塞がった彼の足を、ロープで縛り上げるのも忘れない。
「先生、目を閉じて。」
 期待したような面持ちで、彼は私に従った。私は、彼の哀れな姿をスマホで撮影した。どうこうするためじゃない。単に事実の記録としての写真だ。私は、間抜けな格好をした哀れな男をじっと見つめた。
私は裸の男をホテルに残し、またしても一人、出口に向かって歩き出す。この男に美味しい思いをさせてあげるわけがない。
「またね。」
 ドアのところまで来ると私はベッドを振り返り、小さく呟いた。私のことを好きにならない男には一人ぼっちがお似合いなのだ。


「どうしてこうも、自分を失うようなことをしてまでしちゃうことがあるのかな。」
 私は、どうやら三時間の間、顔のパーツは地味だが、綺麗な黒髪をもつ女になっていたようだ。車に戻った私は、バックミラーに映った他人の顔が自分に戻っていくのを見ながら、圭太と速攻で電話を繋いだ。
「僕はないけどなあ、そんなこと。」
「手に入らないワインの匂いだけ味わうのって、逆に毒だと思わない?」
「そうだな。」
 圭太は、私の話を流すことにも慣れている。
「圭太は、自分の顔が奇妙だって思ったことない?」
「ない、と思うよ。まあ、もう少し鼻が高ければよかったのにって思うことはあるけど。」
「そういうことじゃなくて、自分の顔のはずなのに、なんか落ち着かないって感じ。」
「疲れてるんだよ。毎日顔を撮られる仕事だから。」
「それもそうね。」

 
「こんにちは。」
 私は、市役所の窓口に来ていた。表向きは、住民票をもらうという簡単な用事だ。
「圭太さん」
 私は、奥の方でパソコンに向かっている圭太を見つけると、声をかけた。振り返って目が合うと、圭太の顔が引きつった。私の身体は、私のワンピースを破り割いていた。見下ろすと、細い足があるはずのところには、ごつごつした男の足があった。どうしてだろう。でも私は、この足が何だか懐かしくて愛おしい。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10