駅の構内で手持無沙汰に立っていると、最初に声をかけてきたのは奇妙な声で奇妙な日本語を話す外国人だった。いや、もしかしたら異星人かもしれない。氷のような目で、彼は私をじっと見た。グレーの髪が、宇宙の彼方にある星屑のようにきらきらと光っていた。年齢についてはさっぱり見当がつかない。
「丁度ひましてたの。」
私は言った。友達を待っているなどと嘘をついたら、話がややこしくなる。それにしても、声を掛けられるのが早かった。大学時代に、高確率でナンパされるスポットを見つけておいたかいがある。
「ヒマしてたのか。それならヨカッタ。おれはルンデベルク。」
変わった名前を名乗るへんてこな男と遊ぶのは、ちょっとした冒険になりそうだ。それに、一般市民からかけ離れた容貌の男なら、地方のニュースを見ている可能性も少ない気がする。
ホテルについたとき、男は、丁寧に私をベッドに押し倒した。涙が出るほどの優しい手つきで、ルンデベルクは私の頬を撫でた。
「そんな丁寧にしなくていいよ。」
私はたまらなくなって言った。愛情を望むくせして、偽物を見抜くのは上手い。偽物の愛から、優しさを感じることは何よりも怖い。明日の朝には別れる男に、心まで渡すのは気にくわない。
次にルンデベルクがとった行動は、意外なものだった。ポケットから鏡を出して、私の顔を写したのだ。
「ここを見てて。」
ルンデベルクは、ポケットから銀色のピカピカ光る粒上のものを出し、それを自分の口に含んだ。私には、何が何だか分からない。一体この人、どんな性癖をしているんだ。冒険もいいかなって思ったのは事実だが、何もドラッグに手を出したい訳じゃない。ルンデベルクは、それを一度自分の口に含むと、私に口移しでそれを舐めさせた。
不思議な味がした。スーッとするような、舌がしびれるような、味というよりは感覚かもしれない。
「恐れる必要はない。」
ルンデベルクはそう言った。
「あなたは一人じゃない。」
ルンデベルクはそう言うと、私の唇からゆっくりと唇を離して私に鏡を見るように促した。そして、私の手をとり、丁寧に口づけた。
鏡の中で、私の顔は、少しずつ変化していた。引き裂ける痛みもなければ、違和感もない。ただ、鏡の中で私は、着実に姿を変えていた。ルンデベルクによく似た女の顔に変わっていく。私は、鏡をじっと見続けた。疲労がたまりすぎているのかもしれない。ルンデベルクは無表情のまま私を見下ろし、
「あなたをアイシテイタ。」と言って私の髪を撫でた。
「あなたこそが女王。」
無表情を保つ彼の瞳には、涙が浮かんでいた。彼は、白い粒が入った小箱を私の左手に握らせた。
「俺はあなたに心吸われる。」と言って、服の上から心臓あたりに口づけた。
「あなたこそ世界。もっと、俺をミテ。」彼が私を見る目の力が、唐突に強くなった。死の間際に、私と目を合わせるために全精力を傾けているという感じがした。