ええ……誰だよおまえ。まさかホテルのフロント係じゃないだろうな。いや、十分あり得る。またいつもの調子で適当なことを言ったんだ。地理を訪ねて、飲める場所に誘って、一緒に踊ろうと……。その時のおれを撃ち殺してやりたい……。今からでも言うべきだろうか。「ごめん。興味ないわ」って。でも、そんなことを言えばもっとひどい目にあわされることは目に見えている。おれはぐっと堪えて女の背をにらみつけるだけにする。母親と二人きりで暮らして唯一得た教訓がそれだ。キレてる女には何にも言わないこと……。不満はなるべく背中をにらみつけて吐き出すこと……。女の背が母親の背と被る。それからボスの背にも重なって、終いには見たこともない父親の背中が出現する。ブレて、重なって、またブレて。バングーでも飲んだのかな、おれ? かなりイっちまってる。でも、おれ、ずっとこの調子なんだ。シラフでもたいして変わりゃしないんだ。チカチカチカチカ目の前が点滅し通っしで、ロクなこと考えられないんだ。半永久的なパッパラパー。きっと死ぬまでこのまんまだ。わかってる。わかってるよ。おれはいつも通り、にこやかに笑ってアレコレ思うに留めるだけ。
お願いだから誰かこの雑音を止めてくれ……。
今ならマシンガン担いだ男も聖人に見える。おまけにそいつのケツにキスだってできる……。
よくわからない女のお仲間に取り囲まれて、轟音の中、質問攻め。馬鹿でかい声で、口と耳が触れ合う距離で聞いたり話したり、聞いたり話したり。くだらない会話。ネバついたキス。アルコール任せの恋。一夜限りの愛、愛、愛、愛。もう、うんざりだった。
おれはアルコールを買ってくると連中に告げて、女の監視の下、ドリンクカウンターでスタウトを買った。
まるで奴隷だ。いや、生きている限り誰かの奴隷なのかもな……。
腹いせに栓抜きでビンの蓋をなるべく遠くに吹っ飛ばして女と乾杯をしたところで、突然誰かが古いディスコソングをかけ始めた。ラー・バンドの「クラウズ・アクロス・ザ・ムーン」。クソみたいな不協和音から打って変わって、クリアな音の粒がおれの全身を包み込む。邪魔するように、女の甲高く耳障りな、媚びたような笑い声。
「そんなに遠くに飛ばす人初めて見たわ。ねえ、なにこの音楽、ダサくない?」
「ああ」と、生返事。
おれの意識はすっかりDJのプレイに持っていかれてしまっていた。バンドステージの真逆に位置する、フロアの隅にあるちっぽけなDJブースに目をやると、ちょうど坊主頭の三蔵法師みたいな女が真っ白なカバンから次にかけるレコードを選んでいるところだった。くたびれきっていた筈の身体が勝手に左右に揺れ出す……。腕を掴もうとした女の手をスルリと抜けて、わめく声も後ろに放り出して、おれの足は勝手にDJブースに向かった。曲の合間にボソつく、銀河系間通信士の声に導かれて……。
「ツギは、終テン……ハカタ……ハカタ……」