今までずっとそうだったのだ。自分の番でもそうなったというだけのことだ。くだらない感傷だ。何を期待していた?
老人は篠原と名乗った。公園の近くに住んでいるという。年は62歳だという。同じ年だった。
「来るかい?」と篠原さんが言った。私は反射的に頷いていた。
途中コンビニに寄った。弁当2個とビールを籠に入れると、篠原さんが1000㍉ℓの焼酎を追加した。コンビニの小さなかごはずっしりと重くなった。
家は古い1軒屋だった。一人で暮らしているという。中に入ると一人暮らしだとひと目でわかる。ゴミは散乱していないが片付いてはいない。生活の必需品や衣服が雑然と置かれていた。
小さなテーブルの上に弁当とビールを置いた。2人は何も言わずに黙々と弁当を食べ、ビールを喉に流し込んだ。弁当を食べ終わると篠原さんがグラスを2個持ってきた。一つはコーラの文字が消えかかったグラスで、もう一つはアニメの画が書かれている寸胴のグラスだ。
「洗ってあるから」
グラスに焼酎を注ぐ。それをお湯で割った。2人はただ飲んで、飲んで飲み続けた。
夜中に目が覚めると篠原さんが一人で飲んでいた。流石に声を掛けた。
「飲み過ぎですよ」
「いいんだよ。ぽっくり行けば、あの世でかみさんに逢える」
篠原さんはグラスに残っていた酒をぐいと飲み干した。
「こんな俺にも、幸せな時があったんだよ。赤ん坊のことを玉のようなって言うだろ? あれってほんとだ。可愛かったなぁー息子。すくすくでかくなって。学校へ行ったら成績も優秀で、俺は勉強嫌いだったから、トンビが鷹を生んだって思ったよ。嬉しくてさ、一生懸命働いた。働いて働いて働いた。かみさんと息子の顔を見るのが何よりも幸せだった。でもさ神様は残酷なんだよ」
篠原さんのグラスが空になっている。私は焼酎のパックを持ち上げる。中身が入っていなかった。コンビニで買ってきましょうかと言うと「いいよ」と短く答えた。
「飲んでも飲んでも酔えないんだよな」と呟いた。
次の日、昼頃目が覚めた。雑魚寝していたようだ。雑然とした部屋の一角に一か所だけ片付いている場所があった。仏壇だ。よく手入れされ線香の灰一つ落ちていない。ビール缶が1個供えてある。
酒漬けの重い体を起こし、仏壇の前まで行って手を合わせた。位牌が4つ並んでいる。
「オヤジ、オフクロ、息子と女房だ」
後ろから声がした。蝋燭に火を点し線香に火をつけた。炎を消すとひとすじの煙がすーっと上がっていく。一緒に手を合わせた。
「息子は16のとき死んだ。人生で何が哀しいって、子供に先立たれることぐらい哀しく辛いことはない。そう思わないか? 息子がどうして死ななきゃならなかったのか、俺は未だに理解できない。人生で一番いい時に、一番輝いているときに死ぬなんてさ」