蓋を開けると、中から何かを取り出した。
「……これには、あいつの指紋がついている。あいつの家から盗ってきた」
取り出したのは、銀色に光る包丁だった。背筋がぞっとする。
「お願いします、やめてくださいってば。……マジで勘弁してくださいって! 僕には無理っすよ!」
説得しなければ。力づくでもいい。何を言えばいい。
僕は一歩踏み出すが、朝霧さんは無表情のまま包丁をこちらに向けた。
朝霧さんはその姿勢を保ちながら、コートやパンプス、ワンピースを脱ぎ捨てていく。下着は付けておらず、乳房や臀部までが冷えた暗黒の中で露わになる。彼女の肌は以前のように扇動的ではなく、青白く凍り付いているようであった。
朝霧さんの白い指が震えている。
何か言わないと。言葉が出ない。
「最後は高梨君と過ごしたかった」朝霧さんは白い息を吐きつつ、首元に銀色に艶めく包丁を添える。「あたしのこと、覚えていて」
「やめ」
言い終える前に、朝霧さんは喉を掻き切った。
真一文字の傷口から鮮血が勢いよく飛び散り、しばらくして朝霧さんは穴の中に倒れ込んだ。
ハンドルを握る手は震えていた。
結局、朝霧さんを包丁と一緒に地中へ埋めてしまった。僕を選んだ理由。僕が好意を持っていたことに加えて、それ以上に小心者であることを、朝霧さんは知っていた。
最初からこんな山奥まで来なかったことにすればいい。空になったクーラーボックスは、再びトランクに載せた。土で汚れた手は洗えばいいし、下着は焼き捨てる。
万が一、道路上の『Nシステム』で操作されても問題ない。彼女が後部座席に乗っていたのは、カメラに映らないようにするためだ。最初から仕組まれていた。
彼女が僕を抱いた時に異常さを感じたのは当然だ。朝霧さんにとって最後の行為だったからだ。
頭では理解していても、指の震えは収まらない。
麓まで降りて行く途中で、急に電話が震えた。
もう圏外ではないのか。街に接近しているのか、遠くに明かりを確認できる。気付かなかった。動揺はしている。
横目でディスプレイを確認すると、朝霧さんの電話番号だった。
ふざけるな。どういうことだ。
……あれは、ドッキリだったのか。いや、そんなはずはない。
まさか、トラック運転手に見つかったのか。