小説

『Tonight, Tonight』平大典(『カチカチ山』)

「どんな話っすか?」
「友達なんだけどね、貌がいいんだけど、なんか悪い男に引っかかっちゃうタイプ。別に普通、中流ていう感じの家で育ったんだけど、男のセンスがないんだよね。高校生の時、初めてできた彼氏は眉毛無しのパチンカス。大学生の時は二回り離れた既婚で狡賢いおっさん、とか。そんなんばっか」
「かわいそう、つーか、自業自得のような気も」
「高梨君の言う通り。可哀想だけど、彼女に責任がないわけじゃないんだ。いよいよ、結婚したいって見つけてきた男はさ、ギャンブルは大概するし、サラ金で借金するし、その娘を殴るし、ていう屑の極み」
「ド屑っすね、確かに。女を殴る類の奴は、脳味噌の中に蛆が湧いてんすよ」
「蛆が湧いていて馬鹿だったらよかったんだけど、そいつは少し賢しくてね。女から金を巻き上げるんだ」
「……風俗とかで稼がせて貢がせている、とかっすか?」
 カタ。またトランクから音がする。
「違う。借金させるんだ。女の子だけで足りなくなると、その親族名義でどんどん」
「そんな簡単に借りられます?」
「裁判になっても、きちんとした判子がある書類があれば、ひっくり返すのは難しい」
「それで、家族が滅茶苦茶っすか?」
「正解。両親も家を手放すし、今でも借金返済に追われている。当の本人は男から切られて自殺」
「救いがない話ですね」
「可哀想でしょう」、と小さく呟くと、朝霧さんは身を乗り出して、人差し指で前方を示した。「あの空き地で停めてくれる?」
 朝霧さんが指差した道の脇には、草が生い茂っている空き地があった。ヘッドライトを長く伸びた草が照り返している。
「休憩ですか?」スペース的には、自動車は何台でも停められそうだが、駐車場という感じはしない。
「宿の駐車場に到着したの。あそこにクルマ置けばいいんだよ」
「滅茶苦茶真っ暗ですけど。看板もないみたいだし」
 週末だというのに、僕たちしか客がいないのか。自動車は一台も停車していない。
「いいから、あそこで停めてくれない?」
 問いかけの言葉であったが、それは命令だった。


 前を進む朝霧さんは、肩からクーラーボックスを掛けている。
 自動車を草むらに停車すると、そこから石や木の根っこがむき出しになった細い山道を歩き始めた。

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