「美は破壊が基本?」
私が不思議そうに訊き返すとバク婦人はくっくっと含み笑いしながら答える。
「そうよ~そうなのよ~。肌は古い角質を壊しまくる事で新たな美しい肌を! 花は葉で水を紫外線で壊しまくって栄養作って花弁を咲かす! そしてその花弁を散らして新たなる実を! 人も自然を壊して新たなる文化発展を! 戦争や紛争でその文化を壊しまくって科学発展を! そこから生まれくる物の何て美しい事よ! そう破壊こそが美の原点、全ての物の始まりなのよ~!」
言い方にも内容にも、気分が悪く私は怪訝な表情で応えた。モモちゃんも更に唸り声を増す。
そんな事など露知らずに婦人は高らかに笑い続ける。
そして笑いに飽きたかと思うと、バク婦人は私をジッと見つめ始めた。
「ホント貴方様は綺麗ね。その美しさ、もっと向上させたい? ……ならば私が壊して差し上げようかしら」
くくっとほくそ笑みながらバク婦人が私を掴もうと手を伸ばしてきた。
思わず私は身を竦める。後ずさったが婦人の手がもう目の前と迫る。
私の肩に手が掛かる。その瞬間だ。
胸元で唸っていたモモちゃん。我慢仕切れずにワウッと吠え立てて婦人の手を噛もうとした。
「ぎゃーー!!」
バク婦人は驚き様に反っくり返り、振り椅子ごと更に引っ繰り返ってしまった。
足をバタつかせて倒れ込んだバク婦人をそのままに私は逃げ出してしまう。
「何よこの畜生がー! 何しやがんだー!」
引っ繰り返ったまま、もの凄い罵声を上げる婦人。もう怖くなって振り返りもせず私は走る。
白く輝くスノードロップの花園を散らしながら、無我夢中で抜けて行くしかなかった。
暫く走り続けて白い花園が終わったかと思うと、滑らかで綺麗な白い石で出来た支柱達が現れた。
美しい彫刻が掘られ均一で計算された間隔で並ぶ。何時の間にか草原も終わり、深々と森の木々が支柱の上に覆い被さる。
深緑な静寂の遺跡の道。
走り疲れ抱いていたモモちゃんも下ろし、私は息が還るまでとぼとぼと歩いていた。
時折、私は振り返る。後ろからあの婦人は追い掛けては来ない。
大丈夫か。そう思って安堵の溜息も吐く。