小説

『不可解の国からの不思議な声』洗い熊Q(『不思議の国のアリス』)

 風かと思ったら、その靡きが羽ばたきに変わった。小刻みに振れてから大きく羽ばたいてゆく。
 そして舞い上がった。幾つもの黒薔薇達が蒼空へと昇ってゆく。

 いつの間にか黒薔薇は黒揚羽に変化していた。艶やかな薔薇の庭園の中を優雅に香りに漂い舞っているよう。

 モモちゃんと陶然とその光景を見上げていた。
 一匹の黒揚羽が舞い降りて来たのを自然と目で追った。追っていた先。蝶が止まった所に誰かがいたんだ。

 頭頂にある耳をパタパタと方向転換。蝶はそれを気にせずに止まり続ける。面長の顔の上に止まる蝶はリボンに見えた。
 乳牛だ。ホルスタイン。白地に黒い斑が見えた。
 その乳牛は白地のシャツにきっちりとしたベストも着て、タイトなスカートも履いて机に座って何かをしている。
 覗きこむ様にその乳牛を側に寄れば、何十頭も同じ乳牛達が机に座って必死に何かをしていた。

 OL? 乳牛のOL達だ。私はそう思った。

 卓上の書類に書き込みながら、乳牛達は大きな声でぼやいていた。

「あー忙しい忙しい! これやんなきゃ。やっつけなきゃ。終わったら次があるんだから、まだあるんだから!」

 忙しそうな乳牛OLに気遣いながら近づき、恐る恐るに声を掛けた。

「あの……忙しいですか?」
「あーホントに忙しい! これやんなきゃイケないのに、まだアレもやんなきゃイケないんだから。そして終わったと思ったら搾乳もしないといけないんだから。乳出さなきゃ。絞り出さなきゃ」
「本当に忙しいんですね……一体、どんな仕事?」
「仕事? 違うわよ。やらなきゃイケない事なのよ。やらないとダメなのよ」
「やらないとダメ……好きでやっているんじゃないですか?」
「好き? そんな訳ないじゃない。やらないとイケないの。やらないとダメになってしまうのよ」
「駄目になるって……好きでもない事をずっとやってるの? どうして?」
「そうしないとイケないの! そうしないとダメな牛になるの! それが出来なかったら、ただ乳出す牛じゃない!」
「えっ? それじゃ駄目なんですか……」
「そうよ! みんな言っているんだから! みんなが言うからそうなの!」

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