「事前に宣戦布告しようと思って桜木さんを手紙で呼びつけたのも、緊張しまくっていたのも、事実だ。殴った理由が違う」
「なんで自分を殴った?」
「蚊、だ」
「蚊だと?」
太郎は赤面した。「桜木さんを待っていたら、蚊が飛んで来てな。顎に止まったんだ」
「太郎君、まさか」
「緊張も相まってな。全力で顎をぶっ叩いちまった」
「馬鹿野郎だな、太郎ちゃん。蚊を潰すついでに、自分までとは」
太郎は目を伏せた。「……誰にも言うなよ」
「言えるかよ、そんな話」
実は、桜木さんにお願いをしていた。太郎が回復したら、デートしてやってほしいと。
桜木さんには後ろめたい気持ちがあったようで、快諾を得ていた。桜木さんも、一ミリも女性が寄り付かない太郎とデートしても、敵を作ることはない。ノーダメージだ。
だが、もう一つ問題がある。
致命的な問題だ。
「翔太氏」太郎は歯を見せて嗤った。「俺は『力太郎』などではなく、『カ太郎』だったってことかな、ハハハ」
「ハハハ、じゃねえ」
太郎のギャグは、なかなかおもしろくない。
今のようにクソみたいなギャグを、桜木さんの前で連呼したら終わりだ。
不安だ。
僕の心配など露知らず、太郎は丸刈りにしてすっきりとした頭を掻いて微笑んでいた。