小説

『蒸気機関車』LAP(『蜜柑』)

 蒸気と煙が混じって渦を巻く。そのモクモクの彼方で、派手派手なコスプレーヤーたちが手を振り、飛び跳ねている。そして、そこに交じって?薄ぼんやりと!あれは?割烹着姿の女が、ひときわ大きく手を振っている!
 「コーちゃん!がんばってねー!」
 姉だ!それも大昔の・・・それは、男が大学進学でこの地を離れたときの光景そのものだった。
 「姉ちゃん!」
 男18歳、姉25歳。

 両親は男が7歳の時、交通事故で他界した。姉弟は父方の叔父に引き取られ、この地に来た。19歳と16歳の従姉妹がいたが、叔父夫婦は分け隔てなく接してくれた。とはいっても、小さな役場の職員だった叔父が4人の子を育てるのは、容易なことではなかった。
 長女はがんばって国立大学に進んだ。次女は高卒後、看護学校に進学した。しかし、男の姉は、遠慮したのだろう、高校卒業後、進学する気はないと言い張り、地元の会社に就職してしまった。叔父夫婦は残念がっていたが、内心はホッとしていたかもしれない。
 姉はそれから7年間、家計に入れるのとは別に、男の進学資金を積み立てた。そして、男が進路を考える頃になると、姉は家族を前にして言った。
 「おじさん、おばさん、お姉ちゃん、今まで本当にありがとう。そして、これからも、どうぞよろしくお願いします。あのね、コーちゃんの進路のことなんだけどね、好きにさせてあげたいの。わたし、そのために積み立てしてきたから、たぶん大丈夫だと思う。おじさん、生意気だって怒らないでね。他人行儀だなんて言わないでね。ワタシにできる精一杯の誠意、みなさんへの感謝の気持ちなの。どうかわかってください。コーちゃん、だから、あなたはがんばって、好きな大学に行ってちょうだいね」

 「姉ちゃん、ありがとう!」
 男は片手で女の腰をしっかりと抱きかかえながら、窓の外にからだを乗り出し、姉に目一杯手を振った。男の目頭が熱くなった。
 姉たちの姿は蒸気と共に後方に薄れ、列車は鉄橋へと進んだ。
 向かい側の道路には、いくつもの望遠レンズが並び、女と、それに予定外の男の姿を撮像素子がとらえていた。
 男は女を見た。
 女は煙に包まれながら宙を舞い、光り輝いていた。それは、この世のものとは思えない美しさだった。

 女は窓を閉め、男の前に座った。スマホを操作する。顔やコスチュームが機関車の煙で、ところどころ煤けている。

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