小説

『蒸気機関車』LAP(『蜜柑』)

 女は友人たちをスマホで撮ると、通路側の座席に腰をおろし、だれかに電話をかけた。
 「今、発車。鉄橋ポイントはどこっすか?えっ?しろくろ?しろく?うん、うん、そこ過ぎてすぐ?踏切過ぎてすぐ?アンダ。ええ?うざいおっさん。気にしない気にしない、お互いしかとですよ。へい、では、定時連絡オーバー」
 女は通話を終えると、ポシェット風のバッグから鏡をとりだし、化粧直しをはじめた。 男は車窓に目をやり、女から目線を外した。

 男の次女も同じ年頃だった。コスプレの趣味はなかったが、同じように、荒っぽく意味不明な言葉を使った。たしなめると「うぜー」のひと言、慣れた。別に特別なことではない。流れる景色のようなものだ。

 「おじさん、このへん詳しい?」女が話しかけてきた。
 「詳しくないけど、白久(しろく)駅ならもうすぐだ」
 「まじ?やべー!」
 女は身支度を急いだ。
 「おじさん、悪いけど、窓開けっから」
 「煙が入ってくるぞ」
 「そういう細かいことは気にしない気にしない、大人でしょ」
 女は窓際に立ち、窓を全開にした。膝が接触し、男は少し通路側にずれた。
 機関車が吐き出す、蒸気と煤が混じった煙が飛び込んできた。男はむせた。
 女は上半身を目一杯車外に突きだした。
 「しろく、まだ!」
 「多分、もうすぐ、ゴホゴホ・・・」
 「えっ、なんだって!?」
 「もうすぐだ!」
 まもなく白久駅のホームがあらわれ、ゆっくりと過ぎていく。
 「あっ!いた!」
 前方の踏切で4~5人のコスプレーヤーが大きく手を振り、先の方を指さしている。
 女は空を目指すようにさらに身を乗り出し、
 「あの鉄橋か!」
 両手を精一杯拡げ、高く掲げた。
 車内の足が床を離れた。
 「危ない!」男は女の腰のあたりを両手で押さえた。
 その時だった。
 「コーちゃん!がんばってねー!」男の左の耳に声が飛び込んできた。
 どこかで聞いた声、男は外を見た!

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