2018.12.26
ユウコ先生は秋に挨拶に来て、冬休み明けから実習教員として教務に就く予定だった。
実習の担当はミノル先生だったので僕はすっかり6年前のように三人で飲んだり、ドイツ文学に花を咲かせる日々を夢見ていた。
そのユウコ子先生は、いま薄暗いカフェの片隅で枯れた涙を恨むように、両のこぶしを握り締めていた。くしゃくしゃになったスカートからほそい脚が覗いていた。
「……、さん」
彼女が明確に発した言葉は、僕の名前だけだった。あとは細々ともう大学には復帰しないこと、何も聞かないでほしいことを述べるだけだった。ただ、なんどもごめんなさいとつぶやいた。枯れたはずの涙はストックができるたびに流れ出た。思い出すように拭いて詫び、まだ涙と鼻水を垂らした。
彼女は、こんなに瞳に暗黒を宿すような疲れた女性だっただろうか?
ごめんなさいが繰り返されるたび、ミノル先生が浮かばれない気がした。
彼女は結局コーヒーを飲まないままに紙幣を置いて帰っていった。子どもを迎えに行く時間らしい。
確か娘の名前はユミといった。ユウコ先生のユウとミノル先生のミの字があてられていた。
ひょっとしてミノル先生はユウコ先生が離婚していることも、離婚した理由も知らなかったのではないだろうか。
だが今となってはもうどうしようもないことだ。
穴倉のようなカフェを出ると、地上はただ寒かった。あらゆるところで年末の唄がうたわれた。それは忘却の唄で、過去など悪意だと言わんばかりだった。