小説

『高貴な姫君』中崎杏奈(『竹取物語』)

「すぐになんとかしなくては」
 オロオロと自分の姿を見ては焦る少女たち。ハンカチで汚れを落とそうとするも、そのハンカチも汚れてしまっていて意味をなしてはいない。
 どれほど経ったのか。夕日が眩しかった教室はいつの間にか暗くなり、星が見えていた。
「みなさん、聞きました?」
 誰が言ったのだろう。そんなことは関係ない、始まればいいのだから。
「何かありましたか?」
 かぐやは不思議そうに聞き返す。しかしその瞳は確信を得ていた。
「もしかして」
「転校生のお話では?」
「もうとっくに噂になっていますよ」
 羨ましかった。彼の隣に立つあの子が。しかしそれよりも恨めしかった。私たちの答えを聞くこともなく物語のページを飛ばしてしまった彼が。
 この物語の『かぐや姫』は私たちではない。初めから配役が違う。
「月へ、返して差し上げなくては」
「そうね、お迎えが必要だわ」
「役者が足りないわ」
「大丈夫、五人もいれば足りますわ」
「そうと決まれば早くしなければ」
 血のにじんだ傷だらけの体に薄い衣を纏って、薄い絹で作った天蓋を差しかけた飛ぶ車を持って。不死の薬と手紙もしっかりお持ちになって。
 でも、天の羽衣だけはいらないのでございます。だってそれはもう私たちが羽織ってしまったのですから。

 
 空にはとても美しい満月が出ておりました。星すら霞むほど光り輝く月が夜道をまるで昼間のように照らしてくださいます。
 高貴なる姫君はたった御一人で夜道を歩いておりました。そこには翁も、帝が遣わした兵たちもおりません。
 やがて姫は迎えに気が付かれたようです。そっと振り向き私たちのことを見るや、その大きな瞳を見開いて「あぁ」と吐息を零されました。
「かぐや姫、なよ竹のかぐや姫。あなたの罪の期限は終わりました」
「地上はかくも汚い場所」
「たいそう御気分が悪いでしょう」
「お迎えにあがりました」
「月へ帰りましょう」

1 2 3 4 5