小説

『高貴な姫君』中崎杏奈(『竹取物語』)

「こんな時期に転校してくるのですから、何か事情があるのでしょうね」
 季節は桜の時期を過ぎて、夏の気配が感じられる時期。転校するにはあまりにも中途半端だった。
「すべては明日わかるでしょうね」
 今は目の前の甘味を思う存分味わおうではないか、とかぐやたちは白魚のような手を伸ばすのだった。

 号令と合わせて挨拶をする。黒板の前に立つ担任は一つ頷くと口を開いた。
「おはようございます。みなさん既に知っているかもしれませんが、今日は転校生がいらっしゃいます」
 入りなさい。担任の声に合わせて入室した彼に、期待で胸を踊らせていた少年少女たちは釘付けとなる。
「日向みかどです。よろしくお願いします」
 シンとした教室に澄んだ声が教室に響く。少し明るい茶色の髪に優しげな目元。一目でわかる。この少年は特別なのだと。
 彼の目に映りたい。誰もがそう思い、それはかぐやたちも例外ではなかった。
「仲良くするように。それでは日向君は空いてる席に座って。ホームルームを続けます」
 担任の言葉なんて誰も聞いていない。全員の頭にあるのは少年のことだけだった。
 休み時間になると彼の周りには大勢の人が集まっている。廊下には噂を聞きつけた他クラスの人間までいた。
 どこから来たの? どうしてここに? 代わる代わる飛び交う質問に、少年は丁寧に答えていく。
 上の方から。親の仕事の都合で。少年が当たり障りのない答えをしていると、突然周りの声が止んだ。同時に自然と人垣が二つに割れる。現れたのは五人のかぐや姫。しばらく無言で見つめ合う。
「初めまして」
 一人がニコリと愛想のいい笑顔を浮かべた。
「初めまして。あなた方が噂のかぐや姫? 聞いていた通りだ」
 少年も負けない笑みで返した。少女たちはたちまち虜になる。
「ううん、噂よりずっと綺麗。良かったら仲良くしてくれないかな」
 少年が差し出す手のひらに、少女たちはソッと手を添えた。

 少年と少女たちの仲が親密になるのに時間はいらなかった。同時に彼女たちが一緒に行動する時間どんどん減っていった。
 学校の中を案内してもらえない? 目立っちゃうから二人だけで。
 いい町だね。おススメのお店とかあるの?
 僕もその本読んだよ、すごく面白いよね。他におススメとかある?

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