小説

『鬼の定義』藤井あやめ(『桃太郎』)

(…まあいいさ、金は明日一番で持って来い。)
「あ、あの…。」
<彼>が何かを言いかけた時、遮るように言葉が飛んできた。

ーあんたは黙って俺の振りをしてればいいんだよ。ー

一方的に会話が終わり、途切れた後のツーツーという単音が耳を刺す。
いつの間にかバタバタと後を追ってきた犬、猿、キジは心配そうに<彼>を見つめている。
「…大丈夫かい?」
猿は桃のマークの首輪が付けられた喉で、小さく言った。理不尽な契約を交わし、あの日からずっと縛られている猿は、何年も家に帰れずここで地道に働いている。よく見るとキジと犬も、同様に汚れた首輪が付けられている。
「あぁ…。ありがとう、大丈夫だ。」
<彼>が優しく答えると、三匹もホッと胸を撫で下ろした。
隣の食堂から流れた甘い湯気が、優しく頬を撫でる。
<彼>は、風になびきカタカタ音を立てている<日本一のきび団子>と書かれた札をしばらく眺めると、財布を取り出し、満月のようなきび団子を3つ買った。
<彼>が漆黒のフェルトハットを投げ捨てると、二本の鋭い角が顔を見せた。

エントランスに掲げられた<CLUB Peach>の文字が浮かぶ電光看板が、ジリジリと付いたり消えたりしている。すると突然、ジジジっと音をたてたかと思うと接触不良が戻り、電気看板の文字は<CLUB Beach>に変わった。

そして、<彼>は三匹にこう言った。
「…ねぇ、俺と一緒にオニ退治に行かないか?」
猿、犬、キジはきび団子を受け取った。

これは、鬼ヶ島北東の海岸<CLUB Beach>から始まる、オニ退治の物語。

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