小説

『鬼の定義』藤井あやめ(『桃太郎』)

花や風船で飾られたエントランスには、蝶ネクタイをしたスーツ姿の鬼が、片手にトゲトゲとした金棒を片手に仁王立ちしている。その横で犬とキジが、入店する為の百万円を人々から受け取り、袋につめる。エチケットガムの如く軽々しくバックから取り出された百万円は、何の躊躇いもなく次々に支払われ、袋の腹を満たしていった。
体内の血液を波打つ重低音が、 Club Peachの大きな口から漏れている。そのビートが手招きをし、入店料を払った者を根こそぎ飲み込んでいった。

隣の大衆食堂から、モクモクとした白い蒸気を出した蒸し器が店の前に設置された。
<日本一のきび団子 一個500円>と、少々消えかかかった文字の札がぶら下がっている。ほんのり小豆の甘い香りを漂わせ、周囲にぼんやりとした湯気を浮遊させている。
食堂の引き戸に下げられた<Close>の文字が、いつの間にか<Open>にひっくり返された。
わらわらと暖かい蒸気を浴びながら、札束は各々の手元で揺れながら、列をなしている。
湯気が最後の客が店内に入るのを静かに見届けると、街は色とりどりの電光を水溜まりに落としていった。

Club Peachは、今日の為に用意された大量の贈り物や派手なバルーンで、フロア一面を立体に埋め尽くしていた。トキメキ、尊敬、感動、恋慕、崇拝…。それぞれが抱くリボン付きの想いも、主張の強い装飾に負けず、したたかに蔓延っている。
壁際のテーブルには、ピーチパイ、ピーチゼリー、ピーチムース、ピーチコンポート、そして高らかに積み上げられた桃まんが、艶やかなピンクのクロスの上を埋めていた。
夜遊びに慣れていない者も、誰もがその存在を知っているダンスクラブ<CLUB Peach>は、高いエントランス料金と引き換えに、居るだけでその人の価値を上げるような錯覚に陥る魔性がある。付け加え、例の<彼>の誕生日パーティーとなれば、普段よりも料金は数倍に跳ね上がり、事前に登録された顧客リストの中でも、上位クラスでなければ参加すら出来ない。
今宵の宴は<彼>に捧げられたものであり、また、参加者自身の自己肯定を皮肉にも手助けする集まりでもあった。
用意されたドリンクが様々な色でグラスを満たし、テーブルの上を奇抜な花畑のように彩っている。ミラーボールが、宇宙に浮かぶ天体のようにプカリと浮かび、ダンスフロアに粉々の光を落としながら、様々な感情を絡め取るようにゆっくりと回っている。

憧憬する人々を前に、タキシード姿のMCが軽快にステージに上がった。頭には一本の角が生えている。
「紳士淑女の皆さま、お待たせいたしました!」

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