小説

『アリとキリギリス』鷹村仁(『アリとキリギリス』)

 寝る前に小早川の本の事が気になって動画を見てみた。最初見た時から動画が何本か更新されていた。その中に【祝 出版!】というタイトルの動画があったので再生した。内容は今日話していた本の事だった。以前見た川辺で大声で出版のお礼を叫んでいた。そして言い終わると同時くらいで後ろから花火が何本も打ちあがった。そんな大きいものではなく市販されているものだが何本も仕込まれていて賑やかだった。火の粉が小早川の背中に入ったのか、「あっちー!」と言いながら暴れている。それを映しているカメラマンだろうか、何人かの笑い声が聞こえる。再生数は20万回。コメントを見てみると「おめでとう!!」「買いま~す。」「出版おつ。」「道楽の極みww」「好きな事を仕事にするの尊敬します!」「印税半分ください」など、批判も称賛も入り混じったコメントがあふれていた。
「・・・。」
 じっと画面を見る。自分は小さい頃『アリとキリギリス』の話が好きだった。だからアリのようにコツコツ働き、好きな事しかやらないキリギリスは馬鹿にしてきた。だからこの前会社を辞めた奴も、今まで辞めていった奴も、そして小早川の事もキリギリスだと思い、心の中で馬鹿にし軽蔑した。だけど今日会った小早川をどうしてもキリギリスだとは思えない。この動画だって何本もアップし続けるなんて努力以外の何物でもない。きっと小早川は動画や本だけではなく、これからもっと色んな仕事をしていくのだろう。今の自分とは違いすぎる。はたして息子は今の自分を「凄い」と尊敬してくれるだろうか。
「・・・。」
 画面に映っている小早川は楽しそうに笑っている。

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