小説

『アリとキリギリス』鷹村仁(『アリとキリギリス』)

 小早川は3年前に会社をやめた。理由ははっきりしたことは教えてくれなかったが、「好きな事をやりたい」とだけ言っていた。これがやりたい事だったのだろうか。はっきり言って、会社を辞めたときは「馬鹿な奴」扱いをした。いい年こいて「好きな事」をとぬかし、こらえ性や社会性もない人間だと思った。しかし3年たって状況が変わってしまった。成功しているのかいないのか分からないが、画面に映っている小早川の顔は楽しそうだ。こいつにだって家族がいたはずだ。しっかり養えているのだろうか?と疑問に思った。
 1再生いくらもらえるのか気になって検索してみた。確実なことは書いていなかったが、おおよそ1回の再生で0.2円くらいだろうことが分かった。1万回で2000円、10万回で2万円、そうするとさっきの動画は40万再生だから、8万円の広告収入が入る計算になる。それが何本もあるのだ、かなりの額を稼いでる事になる。
「すげぇな。」
 つい口にしてしまった。ただネットだけの情報だし、全くこの通りにはいかないだろうが、少なからず収入は確実にあるだろう。内心馬鹿にしていた人間が今は息子が「凄い!」というような動画配信者になっていた。あの時と今では立場が逆だ。

 一ヶ月が過ぎた頃に、事情を知った義父から連絡があった。内容は仕事の紹介だった。今の職場と同じ営業職の紹介。義父にリストラなんて知られるのはかなり恥かしかったが、今はそんな事を言っている場合ではなかった。
 少し時間に取ってくれるみたいなので昼休みに喫茶店で待ち合わせてお礼を言った。
「いいよ、ちょうど向こうも人を探してたみたいだから。」
「そう言って頂けると助かります。」
「なんだかどこも不況だね。」
「すみません。まさか自分がリストラに遭うなんて思いもよらなかったものですから。」
「そりゃあそうだ。私だって経験ないからね。で、一度面談してもらおうと思うんだけど、いつにしようか?」
「あ、いつでもそちらに合わせます。」
「じゃあ向こうの予定を聞いてみるよ。決まり次第連絡するよ。」
「ありがとうございます。」
 深く頭を下げた。まだはっきりとは喜べないが、これでなんとか働き口に困らなくてよさそうだ。本当に義父には感謝した。
 そこからまだ義父には時間があったらしく孫の事や聡子の話になり、そして義父の定年後の話になった。
「絵でも描いてみようと思うんだ。」
「絵ですか?」

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