小説

『アリとキリギリス』鷹村仁(『アリとキリギリス』)

 心の奥底ではこの決定は覆らないと分かっていたが、自分に何の落ち度があるのか全く分からなかった。真面目に働いてきただけなのに。
「あと少し余裕があるから、どこか良い所を探して欲しい。俺もどこかあったら紹介するから。」
 そう言って部長は立ち上がり、肩をポンっと叩いて会議室を出て行った。
「嘘だろ・・・。」
 誰もいない会議室で呟く。本当に自分は来年の3月で職を失うのか?どうすればいいのか?ハローワーク、妻、息子、住宅ローン、保険、とにかくお金がかかりそうな単語が次々と頭の中に浮かび不安に駆られた。

 「嘘でしょ・・・。」
「本当。」
 妻の聡子はまじまじとこちらを見てくる。
「何で?!」
「分からない。上で決まったんだって。」
「ダメじゃん。ちゃんと聞かなきゃ!」
 聡子は前かがみになる。
「聞いても無駄だよ。決定事項は動かないよ。」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ。来年は無職になるかもしれないのよ。」
「分かってるよ。」
「だって、待ってよ。私たちもう39よ。純也だって中学2年でこれからお金がかかるのよ。」
「分かってるって。」
「あてはあるの?部長さんにも頼んでみたら?そうよ、クビにする側なんだからそれぐらいのケアは当然じゃない!」
「分かってるから止めろって!・・・純也に聞こえたらどうすんだ。」
 大きく呼吸し、黙る。聡子もいきなり詰めすぎたと思ったのか何も言ってこない。やはり言うべきじゃなかったかもしれないと少し後悔した。しかし最悪何も決まらずに直前で知らされるよりましだと考えた。
「とにかくまだ時間があるから、入れてくれそうな所に当たってみるよ。」
「うん・・・。」
 聡子は不安に下を向く。無理もない。自分だって聞かされた時は信じられなかったのだから。自分は39だ。まだ受け入れてくれる所はあるはずだと自分に言い聞かせた。

 リストラを宣告されてから一週間、ほとんど何も進展はなかった。会社ではずっと営業をやって来た。試しに求人雑誌を買って『営業職』を探してみたが、たいがいは年齢で引っかかってしまう。ハローワークに行ってみたがこちらも年齢で引っかかる。特に特別なスキルがあるわけでもなく、ずば抜けて営業の成績が良かったわけではない。改めて自分を見つめなおしてみると特記事項がない。会社に長く勤めていただけ。じっと一つの所に働く事が社会人にとって大事な事だと思っていたが、いざ、会社から放り出されると何もない人間に思えてくる。

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