小説

『アリとキリギリス』鷹村仁(『アリとキリギリス』)

「本?」
「そう。今までの活動を本にまとめて出さないかって言ってくれてさ。ほら、俺、動画の中で色んな物作ったり、訳わかんないもの焼いたりして食ってるからさ。そういうのを面白がる連中がいるんだって。」
 苦笑しながら答えるその顔も充実した顔つきだ。
「凄いな、買うよ。頑張ってな。」
「あげられなくてごめんな。」
「いいよ、売り上げに貢献するよ。」
「ありがとう。名前はそのまま小早川剛士で出してるから。詳しくは動画見てみて。」
「おお。」
「それじゃ。」
 そう言って小早川は違う席へと歩いて行った。去っていくその背中はどこか頼もしく3年前とは全くの別人のようだった。
「・・・。」
 いや、小早川は何も変わってはいないのかもしれない。俺が勝手に「馬鹿な奴」と偏見の目で見ていただけなのかもしれない。

 家に帰り、今日義父と話した事を聡子に報告した。
「良かったあ。」
 安堵した顔を見せた。
「まだ正式に決まったわけじゃないけどな。」
「でもお父さんの知り合いなんでしょ。しかも人を探してるんだから間違いないわよ。」
「そうであればいいな。」
「お父さんには感謝だね。」
「ああ。」
「最初聞いたときはどうしようかって気が動転しちゃった。」
 喫茶店で小早川に会った話をしようかと思ったが、話題が動画や本の話に行ってしまうのがなんとなく嫌だったので、やめておいた。

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