小説

『アリとキリギリス』鷹村仁(『アリとキリギリス』)

 ある日夕飯を食べている最中、パソコンで動画を見ていた息子の純也が「お父さん!」と呼び掛けて来た。
「何?」
 と聞くと、
「ちょっと来て!」
 嬉しそうな顔で手招きしてくる。食事の手を一旦止めて、息子の所に行く。
「これ、お父さんの友達じゃない?」
 画面に向かって指さす。そこには山間の川で釣りをしている男の姿が映っている。見覚えのある顔をしている。
「あ、」
 分かった。こいつは小早川だ。小早川剛士。会社の同期入社した仲間だ。
「家に何回か来たことがあるよね?」
 嬉しそうに純也が問いかけてくる。確かに働いている時は同期という事もあり他の人間より仲は良かった。家にも何回か遊びに来たことがある。しかし小早川が退職してからは全く連絡していない。
「何回かな。」
「すげー。」
 尊敬の眼差しでこちらを見てくる。中学二年が尊敬する事は画面に映っている人を知っている事なのだろうか。
「これの何が凄いんだ?」
 ただ釣りをしている動画に何故そんなに食いつくのか疑問だった。
「俺も今日友達から教えて貰ったんだけど、凄いよこの動画、チャンネル登録者200万人いってるよ。」
「凄いのか?」
「凄いよ!しかもこれ三日に一回くらい配信してるよ。ほら、動画のコメントも一つの動画に1000件くらいついてる。」
 純也の言ってる事にあまりついていけなかった。普段こういった動画はあまり見ない。
「釣りしてるだけじゃないのか?」
「まだ全部見てないけど、色んな事にチャレンジしてるよ。山の中の色んな物を独自で調理してどこまで食べられるかとか、そこら辺の石で皿とか包丁とかを作ったりして、面白可笑しく編集してる。」
 確かに動画には効果音やら文字が入ったりして見やすくなっている。そしてよく見ると広告が貼りついている。なるほど、いわゆる広告収入を得ているのか。再生回数を見ると40万回再生されている。しかし一体これがいくらになるのか見当がつかなかった。
「ちょっと、ご飯食べないの?」
 後ろから聡子の声が飛んでくる。もう少し見たかったが先にご飯を済ませた。

 自室に戻ってから再び動画を見た。かなりの数の動画をアップしている。過去に遡って見てみると始めた頃は毎日アップしている。

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