溢れだした疑問は洪水みたいに止まらなくなった。けれど、僕の洪水を彼女は容易く塞いでしまった。
崩壊したダムのような僕の唇に、彼女の唇が重なることによって。
永遠のようにも思えたし、刹那のようにも思えた彼女との唇の触れあいは、幻かと疑いたくなるほど幻惑なものだった。けれど唇に残る確かな冷たい温度が、彼女の温もりを実感させてくれる。
突然の口づけに僕は戸惑った。これまで彼女に体のあちこちを弄られ苛められたことはあっても、こんな、男女が交わしあうような触れ合い方をされるのは初めてだ。戸惑わない方がおかしい。
どぎまぎしている僕を余所に、彼女は涼しげな眼差しを浮かべて言った。
「もし、私がお前の呪いを解くことができるのなら、お前はたった今彼方の世界に戻ることができたのでしょうね」
彼女はそれだけ言い残すと、僕が瞬きをした一瞬の間で魔法みたいに何処かへ姿を消してしまった。一人残された僕は微かに残る彼女の冷たい温度と残り香を、茨の薔薇の芳香とともに感じる。
時が経てばまた彼女は姿を現すだろう。でも、きっとどんなに真実を聞き出そうとしても、彼女は決して真実を語ってくれないのだろう。
今はそれでもいい。僕が居眠り病である限り、眠り姫のようにこの世界にいる限り、何度だって彼女に会うことができるのだから。
物語はやっぱり嘘だらけだ。嘘をつく生き物が作った法螺話(おとぎばなし)は、きっと嘘の塊だ。でも、だからこそ人は真実を伝えるために、拙くとも不器用に言葉を紡ぐのかもしれない。
そして、真実を見つけてほしい人がいるのと同じように、僕みたいに真実を見つけたがる人がいるんだ。
でも、たとえ辿り着いた真実が嘘だとしても、自分のなかの嘘と相手のなかの嘘が重なりあったとき、それは真実になるのかもしれない。
真実っていうのが両者の思いがぴったり当てはまる瞬間のことなのだとしら、いつか彼女と僕の思いがぴったり当てはまる瞬間に巡り合いたい。
きっと、それはとても難しいことなのだろうけど。何せ、魔女は真実を語らないものだから。
それにしても、物語におけるお決まりの展開が嘘でよかった。もしアレが真実であったのなら、僕は今頃眠りの呪いから目覚めなければいけなかったんだから。
まだ微かに残る彼女の冷たい温もりの残滓を唇に感じながら、僕はそっと目を瞑った。
現でも夢でもないどこでもない場所を、薔薇の香りに包まれながら漂うと、何も見えなくても十三がそばにいてくれているように感じるから。