優しい魔女。というのを殊更強調させたあと、僕は一息ついた。こんなに長く何かを話したのはいつぶりだろう。自分でも驚くほど舌が滑らかに回った。
僕が饒舌に言葉を紡いでいる間、一切口を挟むことなく人形のように佇んでいた彼女が、徐に僕の唇へと指先を触れさせてきた。
生を感じさせないひやりとした彼女の温度が、指を伝って僕へと送り込まれていく。
「随分と口が達者なものね。それに小さな子供みたいに御伽噺にご執心のようで、微笑ましいことこの上ないわ。でも、長々と講釈を垂れたところ申し訳ないのだけど、つまり何かしら?私がその滑稽なピエロを演じた十三人目の魔女みたいだから、お前は私を十三と呼ぶのね。それから、そんなピエロに長いこと付きまとわれたお姫様は幸せだと言いたいのかしら」
真紅の三日月に形を変えた彼女の瞳が、ぐっと僕に近づき距離を縮める。
触れられている唇の指先は冷たいのに、彼女の艶かしい唇から漏れる吐息は、思わず鼓動が早まるほど熱くて、その熱が頬を掠めるたび溶けてしまうんじゃないかと危惧してしまう。
「所詮は人が考えた絵空事の作り話なのに、よくそこまで穿ったものの捉え方をするものね。でも、よく考えてごらんなさい。仮にお前の考えが真実だとしたところで、一体何がどうなるというの?悪者が誰であろうとお姫様は幸せな結末を迎えるだけ。何も事実が変わることはないのよ」
「確かに事実は何も変わらない。でも、真実が変われば物の見え方は変わってくる。だから僕は、貴女を優しいと思う。貴女がいてくれて嬉しいと思う。貴女は自分のことを眠りに巣食う魔女だなんて悪ぶった態度をとるけど、本当は、ひとりぼっちの僕のそばにいてくれる、優しい魔女…優しい睡魔の化け物なんじゃないの」
「お目出度い思考回路をしているわね。そんなに想像力が逞しいのなら何故こうは思わないの?お前が現の世界で眠りに蝕まれているのは、私という魔女に取りつかれているから。私がお前を夢の世界に閉じ込めている悪の根源だと、何故そういう考えに至らないのかしら」
「僕にとっての現は最早この世界だよ。十三と一緒にいるこの茨の城。僕にとっての夢の世界はむしろ彼方なんだ。だって、彼方の僕は常に眠気のせいでまともな思考も記憶も保ってないんだから。大体、夢とか現とか、僕はそんなものどっちでもいい。僕は僕の考えで導きだした答えで真実を繙(ひもと)いて、知りたいだけ」
そう。何が現実(しんじつ)で何が夢(うそ)かだなんて、本当はあまり大差なんてない。だけど、でも、僕は彼女の真実が知りたい。彼女の本当が知りたい。
「ねぇ、十三…貴女は本当は何者なの?どうして僕のところに来てくれたの?どうしていつも僕のそばにいてくれるの?」