僕の言葉を聞くと、彼女は不満そうに尖らせていた唇を真一文字に引き締めた。無表情になった彼女の顔は、作り物のように綺麗な相貌と相まって、魔女というよりは人形のように見える。
「あのね十三。僕は貴女を見てると眠り姫に出てくる悪い魔女…十三人目の魔女のことが思い浮かぶんだ」
そう。僕は彼女と触れ合うたび、彼女が眠り姫の十三人目の魔女のように思えてきたのだ。
あの不可解な物語に出てくる、嘘に塗り固められた登場人物。
「眠り姫の物語ってよく考えると不思議な箇所だらけで、何が真実なのかよく分からなくなるんだよね。例えばさ、王様は金の食器が十二人分しかないから十二人の魔法使いしか招待しなかったていうところ。王様なんだから、金の食器をもう一人分調達するくらいできそうなものだよね?それなのに、どうして王様はそれをしなかったんだろうとか。それから、十三人目の魔女は自分が姫の誕生日パーティーに招待されなかったことが気に入らなくて、その腹いせに死の呪いを姫にかけるわけだけど、これもよく考えるとおかしな点が多いんだ。本当に姫を殺したかったのなら十五歳の誕生日に死ぬなんて呪いじゃなくて、明日にでも病気にかかって死んでしまう呪いをかければよかったじゃない?それに、どうして十二人目の魔法使いが姫に呪(まじな)いの贈り物を終えてからやって来なかったんだろうとか」
訥々と眠り姫の不審な点を語る僕に、彼女は一言も口を挟むことなく静かに、ただじっと僕を見据えている。冷たい二つの真紅の瞳に僕を写しながら。その双眸は、まるで真実を写す鏡のように見える。真実の鏡は白雪姫に出てくるものだけど。
「僕はね、あの物語は嘘だらけに見えるんだ。何故なら十三人目の魔女が嘘ばかり吐いてるから。悪者を演じているだけだから」
悪者を演じているという僕の言葉に、彼女の形のいい眉が微かに動いたのを僕は見逃さなかった。でも、そのことを指摘したりせず、僕は僕の思う真実を語り続ける。
「十三人目の魔女は、本当は姫に生きてほしかったんだよ。だから、あんな中途半端なタイミングで中途半端な呪いをかけたんじゃないかな。理由は色々考えられるけど、もしかしたら本当に姫を殺そうと企んでいたのは十二人目の魔法使いだったのかもしれない。確か先にかけられた呪いを取り消すことはできないんだ。だから十三人目の魔女は姫の本当の死を回避するために、先に死の呪いをかけた。そうすれば、王様は残った十二人目の魔法使いに姫の呪いを取り消してほしいって願うでしょ?でも先にかけられた呪いを取り消すことはできない。それに、十二人目の魔法使いからすれば目的が達成されたようなものだから、できることなら手出ししたくなかったはず。それでも王様の言うことを聞いたのは、そのまま姫を殺そうとした悪者を十三人目に仕立てあげることができるって打算したからなのかもね。だから十二人目の魔法使いはこんな呪いの上書きをしたんだ。“王女様は死ぬのではなく、百年間眠り続けたあとに目を覚まします”っていう限りなく死に近い呪いをね。それから姫は美しく健やかに十五歳になるまで育つわけだけど、城の最上階で紡ぎ車で糸を紡いでいた老婆に出会い、結局紡ぎ車の針に指を指して百年の眠りにつく。この老婆は十三人目の魔女って思われているみたいだけど、僕は十二人目の魔法使いが化けていたんじゃないかなって思う。本当に姫を殺したかった十二人目の魔法使い。そして、本当に姫を生かしたかった十三人目の魔女は、百年間眠り続ける姫を茨で守り続けたあと、城に興味を示した王子に老人の姿に化けて近づいたんだ。あの城のなかには美しい王女様が眠っていると告げるために。姫が百年いた世界から目覚めたとき、姫の隣に誰かがいてほしかったから。十五歳の時に死ぬなんて呪いをかけたのも、きっとこのためだったんだろうね。姫がもっとも美しい少女のときを保てるように。きっと、姫の幸せを願っていたのは他の誰でもなく、十三人目の魔女なんだよ。彼女は恐ろしくて悪い魔女と周りから揶揄されようと、それでも姫を守りたかったんだ。そのために、悪者を演じぬいたに過ぎない、ただの優しい魔女だったんだ」