「ひょんなころいわれらって、ぼくは“めーめーふあんひょー”じゃないかりゃ、てきほーななまひぇひかうかふぁないよ(そんなこと言われたって、僕は“命名不安症”じゃないから、適当な名前しか浮かばないよ)」
「何を言っているのかさっぱり分からないわ。茨の城に閉じ込められた、憐れな茨城坊や」
だったら今すぐ頬を摘まむ手を退けてくれないかな。くすくすと変わらず悪戯な笑みを漏らし続ける魔女にそう伝えたい。あと、貴女も大概名付けのセンスが無いということも。
どうして僕のことを茨城なんて都道府県みたいな名前で呼ぶのかと聞いたとき「茨の城にいるからお前は茨城でいいでしょう?」と彼女は何の躊躇いもなく言った。それはそれは澱みないきっぱりとした物言いで、美しい魔女は北関東に属する地理の名前を僕に授けた。人のことを兎や角言えない名付けセンスだと思う。
ひとしきり僕の頬を弄んだ彼女は僕で遊ぶことに満足したのか、それとも厭きただけなのか、白磁のように細く、血が通っているのか疑わしくなる冷たい手をやっと放してくれた。
解放感と一緒にひりつく痛覚が迸(ほとばし)る頬を撫でさする僕に、彼女は嘲笑を含む視線を向けながら言う。
「ねぇ茨城。お前は本当に可哀想な子ね。毎日毎日眠りの世界に縛られて。茨で閉ざされた狭い狭い部屋にしか存在することができなくて」
憐れで不憫で不幸な子。と歌うように繰り返し彼女が紡ぐ言葉に、僕は首を傾げる。
「そうかな?僕はこの世界が好きだし、別に不幸だなんて思ったことないけど」
僕の言葉が気に入らないのか、彼女は鮮血のように真っ赤な艶(なまめ)かしい唇を不満気に尖らせる。
「お前はまたそんな戯言を抜かすのね。現実の世界から隔絶された挙げ句、夢の世界では隔離されているというのに、何故そんなことが言えるのかしら」
彼女の言葉と母に問われた言葉が、境界線のように繋がり、交わった。
“どうして幸せなの?”
どうして?なんで?何故?たくさんの疑問符が激しい雨みたいに僕を叩きつける。でも、僕はそんな止むことを忘れてしまった雨のような疑問符たちを一瞬にして払いのけられる。疑問の雨に濡れないよう傘をさすことができる。
「だって、貴女が…十三がいつも一緒にいてくれるから」