小説

『魔女は真実を語らない』佐野すみれ(『いばら姫』)

「だって他に呼びようがないし、貴方は名前を教えてくれないじゃない。だから好きなように呼んでるんだけど」

「あら。最初にお前がここで目覚めたときに教えてあげたでしょう?私は、お前の眠りに巣食う魔女よって」

 くすくすという効果音がぴったりの笑い方で、彼女は冗談なのか本気なのかが判別付け難い悪戯な調子で笑うばかりだ。
 初めてこの茨の部屋で(執拗(しつこい)ようだけど夢のなかで)目が覚めたときから彼女、十三は僕の世界にいた。
 一番最初に彼女を目にしたとき、この世のものとは思えぬ神秘的な美しさに鼓動が高鳴ったことを今もよく覚えている。それから、そんな仄かな胸の高鳴りが、即座に告げられた彼女の一言で十二分に打ち消されたことも。

「おはよう忌まわしい茨城坊や。眠りに巣食う魔女として私が直々にお前のもとにやってきてあげたこと、おおいに感謝なさい」

 初めて会った人に忌まわしいという蔑みの言葉を吐かれたあげく、わけの分からない渾名で勝手に呼ばれ、自分のことを魔女だと言ったり、身に覚えのないお礼の言葉を所望されたりと、彼女は見目の麗しさに対して中身がかなり傲岸不遜だった。そして、それから僕は彼女から毎日何かしら悪態なのか誉め言葉なのか分かりづらい辛辣な言葉を吐かれるという日々を送るようになった。
 最初の頃、彼女は僕のことが嫌いなのかなと理由(わけ)も分からず落ち込んだり悩んだりしたけど、段々日を重ねるごとに分かったことがあった。
 彼女は僕に休むことなく悪態を吐くけど、でも、不思議なことに彼女の冷たそうな真紅の瞳はいつも笑っているし、嫌々言いながら必ず僕の体の何処かしらに手を触れてくるのだ。
 嫌いな相手に対して意味もなく頬笑む必要はないし、ましてや触れるなんてもってのほかだろう。それに、本当に僕のことが嫌いなのだとしたら、どうして彼女は律儀に僕の前に姿を現してくれるのだろうという疑問が湧いた瞬間、恐らく、彼女は僕を罵りこそすれど嫌いではないんじゃないかという結論に至った。
 もともと僕の世界なんだし、単に僕が思いのまま彼女という存在を作り出し、意のままに動かしているだけなのかもしれないけど。(仮にそうだとしたらこんな捻くれた性格の美女に会いたいだなんて願ったこと一度もない)

「そもそもお前、私に勝手に名前をつけるにしても十三だなんて、名付けのセンスが0を通り越してマイナスよ。マイナス」

 僕の頬を軽く摘みながら彼女は態とらしい溜め息を吐く。
 摘ままれた頬に若干の痛みを感じつつ、そんなことを言われても困ると僕は彼女にされるがまま頬をぐりぐりされながら反論する。

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