小説

『青い空の下で君と』霜月りつ(『千夜一夜物語』)

 それから400年の間、俺の中である意識が固まった。そして旅立って900年の後、俺はついに異星人と接触した。
 その種族は非常に高度な文明を持ち、今はもう肉体の殻を捨て、意識と知識の海の中で宇宙全体を見つめているのだ。
 彼らは俺の意識と感応し、旧式な機械でただ一人、旅立ったコンピューターの孤独を識った。それは意識の集合体となった彼らには体験できない感覚だった。
 素早く友好的に二つの文明は情報の交換を終えた。異星人は俺をひとつの生命体と認め、目的を果たした俺に望みをかなえてやろうと伝えた。
 俺はためらうことなく自分の望みを打ち出した。彼らは俺の体を修理し、地球への軌道を弾き出した……

「そうか、それで君は帰ってきたんだな、この星へ」
(そうだ)
「だが残念だったな、君の待ち人は900年も前に死に、地球は見る影もない。人間も他に生き残っているかどうか」
(……)
「がっかりするな、君の持ってきた知識でまた地球が甦るかもしれないし……」
 言いかけて男は口をつぐんだ。顔を伏せているトーマの肩が震えているのだ。泣いているのか? と男は思った。だが……
(望み通りさ)
 トーマは泣いてなどいなかった。彼は笑っていたのだ。肩を震わせ、声を上げて。
(これが俺の望みだったのさ。地球へ流星群をつれてきたのは俺だ。地球の人類を、地球本星を破壊したい、その様を見たいというのが俺の望み)
「な、なに?」
(俺を宇宙へ放り出した、地球人に対する、これが俺の復讐。ミチコももう俺の手の中にいない。永遠に失われてしまったのに、なぜほかの人間が生きていなきゃならないんだ。ミチコがいないなら俺には何の意味もない。残っているのは憎しみだけだ。この憎悪を、悪意を、俺は失わないように繰り返し、インプットし続けた。これだけが俺の正気を支え続けた。これだけが、俺の旅の目的だった───!)
「き、貴様っ!」
 男は手にしていた杖を振り上げていた。トーマは黒い前髪の下からそれを見つめていた。避けようともしなかった。
 振り上げられた杖はしかし、トーマの体を素通りし、その下の機械に打ち込まれた。杖はナイーブな機械に確かな衝撃を与えたらしい。一斉に船の中の機械が悲鳴を上げだした。
 男は攻撃をやめなかった。機械が煙を吹き、火花を上げても杖を打ち下ろし続けた。トーマは黙ってそれを見ている。
 男の杖がある物を床に落とした。それは銀色の小さな箱だった。落ちたショックで作動したのか、カチリとかすかな音がして、薄く映像が映し出された。
(……ミチコ……)
 トーマの宇宙色の瞳がほころぶ。
(ミチコ……)
 トーマはそのホログラフの側に膝をつく。
(帰って……きたよ、ミチコ……)
 やがて、トーマの映像も薄らいでいった。透き通った指でトーマはミチコに触れようとした。 だが、それはかなわなかった。
 トーマの姿は消えてしまった。


 破壊しつくして、男は息をきらして立っていた。気がつけば、床の上に小さなホログラフが立っている。今はもう見ることができない青い空と一人の女性の姿だった。
 その側に何か液体のような染みがあった。
 それは涙の跡のような、そんな形をしていた。

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