群青色した東の空が少しずつ白み始めている。わたしはウッドデッキの手すりにもたれて空を仰ぎ見た。朝焼けの空には、薄っぺらな月の残像が所在無げに浮かんでいた。
それからも淳悟は雨の夜になると、わたしの元を訪れるようになった。
淳悟はいつも何らかのお土産を、わたしにくれた。それはタラの芽や蕨、こごみなどの山菜やキノコなどで、それらをお気に入りのバンダナで包んでわたしに手渡してくれた。
先日は後ろ手に何かを隠し持っていたので、わたしは「何を持っているの?」と淳悟に訊いた。すると淳悟は手に持っていたものを得意気にわたしの顔の前にかざした。それはエラに笹の枝を通した三匹の鮎だった。
「すごい、これ淳悟が獲ったの?」
獲ったばかりの新鮮な鮎を見たのは初めてだった。手渡された天然の鮎は蛍光灯の下で透き通るように輝いていて、水に放したらすぐにでも泳ぎ出しそうに美しかった。
「ありがとう。さっそく塩焼きにして食べようか」
わたしはウッドデッキにあった七輪に火をおこし、炭火で鮎を焼いて真夜中に二人で食べた。キャンプみたいで楽しかった。
そして淳悟は腹が膨れると、儀式のようにわたしを抱いた。
上になったり下になったり斜めになったり、横になったり立ったままで後ろから受け入れたりと、わたしはあらゆる体位で淳悟と交わった。人間として一緒に暮らしていた頃でさえ、これほどまでに熱心に勤しんだことは無い。
それは会話の成り立たないわたし達にとって、最も大切で重要なコミュニケーションとなっていた。
昔、淳悟はキスがとても上手だった。
けれども唇が固い嘴になってしまって、以前のように柔らかな感触を味わうことができなくなってしまった。残念だけど、こればかりは仕方がない。
やがて梅雨が明けて、久しぶりの雨の夜。淳悟が粋なお土産を持って来てくれた。
いつもなら小石を投げて到着を知らせてくれるのに、その日は雨の音しかしない。不思議に思ってウッドデッキに出てみた。すると庭先には雨に打たれた淳悟が身じろぎもせずに立っていた。
「淳悟、どうしたの?」
わたしが駆け寄ると淳悟は、祈るように重ねていた両手を顔の前でそっと開いた。すると中からいくつかの小さな光がふわぁと飛び立った。
「あ……蛍」
蛍は淡い光を点滅させながらわたしたちのまわりをゆっくりと飛びまわり、やがて草むらの中へと消えていった。その光は神秘的でやさしく、そして寂し気だった。
淳悟はいつも夜中に家に来て、夜が明ける前にどこかへ帰ってゆく。わたしは背中の大きな甲羅が少しずつ遠ざかってゆくのをウッドデッキから見送る。