男の子は私の目をそっと覗きこみながら訊いてきた。
「私はこはる。ねえ、私、さぼり癖があるの。だから、きっとまた学校をさぼったらここへくるわ。そうしたらまたお話しましょう」
私が言うと、男の子、ミチルくんはちょっと驚いたような顔をした後「うん、ありがとう」と言って、すやすや眠る妹をつれて去って行った。
ミチルくんはなんと私と同じ高校に通う、一つ年上の男の子だった。赤ん坊を連れてしょっちゅう歩いているミチルくんを、みんなは好き勝手言っていた。彼女を妊娠させてできた子供だとか、お金を稼ぐためにバイトをしているから学校を休みがちなのだとか。
みんなはその噂を、本当に信じているのだろうか。もし本当に信じているのなら、どうしてそんなに楽しそうに話ができるのだろうか。平日の昼間の公園で、また学校へ行けなかったと肩を落としたミチルくん。私はなんだか胸が痛んだ。
菜穂ちゃんにミチルくんのことを話すと、なんと泣き出してしまった。
「え、ちょっと、どうして泣くの」
「ごめん、私、なんだか切なくなっちゃって」
菜穂ちゃんは鼻をかみながらそう言って、なぜかそっと鳥籠を撫でた。気持ちを落ち着かせるみたいに。
「世の中には、どうしようもならないことがたくさんあるのよね。私はたまに、そのことが本当に辛く思えるの」
菜穂ちゃんの言うことは私にはよくわからなかった。けれど、勝手に誰かに噂されて、勝手に同情されるミチルくんのことが、籠の中の鳥のように思えた。今はからっぽの、菜穂ちゃんの鳥籠。
ミチルくんと二回目に会った時、妹さんは前回と違って機嫌が良さそうだった。
「こはるちゃんに会えて嬉しいんだよ、きっと」
「本当?」
小さな両手がこちらに伸びてきたので、私はおそるおそるその湯たんぽのような体を胸に抱いた。
「こはるちゃんのお母さんはどんな人?」
不意にそんなことを訊かれて、私は困ってしまった。どんな人。母の醜く歪んだ怒り顔を思い浮かべる。言いあぐねていると、ミチルくんは何かを察したように「あー」と言った。
「ごめん、無神経なこときいたかな」
「いや、そんなことないよ。うーんと、あのね、今はいないの。死んだんじゃなくて、塀の中に居るというか」
「そっか」
「今は、叔母の家で暮らしているの。菜穂ちゃんっていうんだけど、ちょっとぬけてて、でも優しいの」
「好きなんだね、その叔母さんのことが。それで、今の生活が気に入っているんだね」
ミチルくんが本当に優しくそう言って、「良かったねえ」と言うので、なんだか私はたじろいでしまって「そうかもね」と間抜けな返事をかえした。
「ミチルくんは?」
訊かないほうがいいかな、と思いつつ、私は訊いてみた。