平日の昼間の、静かな街並みがたまらなく好きだ。冬の冷たい風を頬に受けながら歩いていると、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
声のした方を見ると、私と同い年くらいの男の子が困った顔をして赤ん坊を抱きかかえていた。泣き出してしまいそうにも見えた。私はなんだか、いてもたってもいられないような気持ちになって、「あの、」と声をかけた。
「大丈夫?困っているの?」
私が言うと、男の子は縋りつくような勢いでこちらを見た。その表情に思わずたじろいだが、泣き続ける赤ん坊が何より気になった。
「泣き止まないんだ、もう一時間も。どうしよう、近所の人に迷惑がかかっちゃう」
「えっ、そっか、どうしよう……」
「ねえ、試しに抱っこしてみてくれないかな、うちの妹を」
言われて、私は困ってしまった。赤ん坊を抱っこしたことなんて一度もない。どうやって抱きかかえればいいのかわからない。けれど男の子が本当に、藁にも縋るような視線で見つめてきたので断れず、おそるおそるその小さな体を抱きしめた。
想像していたよりずっと重たく、また燃えるように熱い。生きているんだ、と当たり前だがそう思った。見様見真似でぽんぽんと背中をたたいてあげたり、体を揺らしてみたりすると、鳴き声は次第に小さくなってきて、すやすやと健やかな寝息をたてだした。
「ありがとう、やっぱり、お母さんが恋しいんだろうな。女の人だとほっとするみたい」
疲れたように笑う男の子はそう言って、腕時計を見た。それから「あーあ」と憂鬱そうにつぶやいた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないんだ。……ただ、今日も学校へ行けなかったな、と思って」
「ああ……」
時刻は既に十一時過ぎを差していた。朝のホームルームはとっくに終わって、二限目の授業がはじまっているだろう。
「君も、学生だよね?今日はお休みなの?」
「うん、そうよ。ていうか、自分で休んだの」
「そっか」
男の子はそれ以上踏み入ってこなかった。デリケートな話だろうと思ったのだろう。実際には全然そんなことはないのだが。
「俺、そろそろ行くよ。妹をあやしてくれてありがとう」
「ううん。この後、学校へ行くの?」
「いや、今日は無理だろう。母を待っていたのだけれど、こないから」
「そう……」
「俺はミチル。君は?」