小説

『いつかいた鳥』森な子(『青い鳥』)

 菜穂ちゃんの運転する車に揺られながら私は、これからどうなるんだろう、とぼんやり不安だった。
「これからどうしようねえ」
 私の心をくみ取ったように菜穂ちゃんはそう言った。けれどその言葉には不安だとか憂鬱さのようなものは一切感じられなくて、さあこれから楽しいことがはじまるぞ、とわくわくしているようだった。実際その時の菜穂ちゃんは「とりあえず牛丼買って帰ろうか」とにこにこして言った。
 都内で一人暮らしをしている、という菜穂ちゃんについて、たどり着いた家は、なんだかちょっと変だった。まず部屋の隅にでんと構えた二段ベッド。一人暮らしで二段ベッド?と私が言うと、菜穂ちゃんは照れ臭そうに「憧れていたのよ」と笑った。
「姉さんと私、私が五歳で、姉さんが十五歳の時に両親が離婚して離れ離れになっているから、ほかのお友達の家みたいにきょうだいでベッドをわけっこしてみたかったの」
 だからといって、買うか、普通?私が疑問に思っていると、菜穂ちゃんは「こはるちゃん、上と下どっちがいい?」と訊いてきた。
「え……どっちでも大丈夫です」
「そう?じゃあ、上を使ってくれる?私、寝相が悪いから、上だとおっこちちゃいそうで」
 下の段にはすでに、菜穂ちゃんのものであろう本やぬいぐるみが置いてあった。
 菜穂ちゃんとの暮らしは穏やかだった。私たちはたぶん、ものすごく“相性が良い”と思う。それに、年がそんなに離れていないこともあって、すぐに仲良くなることができた。私ははじめこそ菜穂ちゃんに対して敬語で話していたし、菜穂さん、なんて改まった呼び方をしていたが、「なんだか、一緒に住むのにそんなんじゃ、息苦しくない?」と言われたので、くだけて話すようになった。
 菜穂ちゃんは小説家なので(あまり売れていないらしいが)、基本ずっと家にいる。私が学校であった出来事などを話すと、真剣な顔をしてうんうん頷いて、「これは良いネタになるわ!」と嬉しそうにする。ネタにすんなよとたまに思うが、家に帰って、自分の話を熱心に誰かが聞いてくれる、なんて初めてだったので、それだけで私は嬉しかった。
 ソラマメの存在には薄々感づいていた。長年使われたのがわかる古びた鳥かご、半分減った、ビンに入った鳥の餌、そして、机の後ろとか、ベッドの下とか、本棚の隙間からたまに出てくる、ふわふわの青い羽。
「菜穂ちゃん、鳥、飼ってたの?」
 私が言うと菜穂ちゃんは、カタカタとキーボードを打っていた指をぴたっととめて、それから「そうねえ」とちょっと寂しそうにソラマメのことを話してくれた。
「あのね、ソラマメを姉さんから奪ってしまったのよ、私」
「奪ったって?」
「両親が離婚する時、父と母、どちらにどちらがついていくのか、選ばなくちゃいけなかったの」
 菜穂ちゃんは言った。
「母は気弱だけど優しい人で、父は暴力的でいばりやだった。そのころ、ソラマメはまだ小鳥で、姉さんによくなついていたの。ねえ、あなたのお母さんはね、動物によく好かれる人だったの。あなたを悲しませたことは本当によくないことだけど、でも本当は心根の優しい人なんだと私は思うの。ごめんね、こんなこと、いきなり言われてもムカつくわよね」

1 2 3 4 5 6 7