でも、万が一、おれが鬼を退治すれば、両親も村人もおれをきちんと認めてくれるのだろう。
両親は、捨られていたおれを拾い、過剰とも思える愛を注いでくれた。
武術よりも学問を熱心に勧めた両親が、どうして、こうやって暴力の最前線へと押し出したのだろう。
確かに、鬼については良い噂は聞かない。
食い物を奪う。娘を攫う。金品を強奪する。
ろくな話は出てこない。だが、それはあくまで噂でしかない。
実際に、おれやおれの村が被害に遭ったことはないのだ。
にも関わらず、鬼退治とは一体、どういう了見なのだ。
果たして、鬼は大きいのだろうか、凶暴なのだろうか。おれを殺そうとしてくるのだろうか。少なくとも、おれは鬼を殺さなくては、村へと帰れない。
おれの居場所を作る為に必要なことなのだ。
しかし、怖い。震えは止まらない。
もう間も無く、鬼ヶ島の浜に到着する。
おれに鬼が斬れるのだろうか。
鬼だ。
角が二本ある赤鬼。
それにしても背が低い。ガキか? いや、胸は豊かな毛で覆われているから、大人か? もしかしたら、鬼はそもそも毛だらけかもしれないし…。
小さな赤鬼は、浜で拾ったらしいワカメを手にぶら下げている。ワカメが、朝日を反射している。
赤鬼は目を丸くしているが、おれの手の刀に脅威を感じているようには見えない。
どうやらこいつも人間を見るのは初めてのようだ。
本当に、こんな奴が悪いのか?
味噌汁にでもしそうなワカメを片手に持っている顔が赤くて、角がちょこんとある人にしか見えない。
斬れるのか。おれに。
やはり、おれの手は震えている。
斬れば、こいつは死ぬ。
おれの刀は下手だから、一刀では死ぬことはできず、何度か斬りつけるだろう。その度に、こいつは痛みに苦しむだろう。
その間、あの音が聞こえるのだ。
キュウン。
だが、斬らねば帰る場所はない。
許せ。
おれは刀を振り上げた。赤鬼はそれを目で追っている。
真っ直ぐに振り下ろした。
赤鬼の眼もそれを追って、下りてくる。
だから、目が合った。
その瞬間、刀が赤鬼の頭に食い込んだ。
赤鬼はそのまま前に倒れた。