小説

『白い犬』柴垣いろ葉(『山月記』)

 私が典子さんに電話をかけ再びスタジオで会ったころにはもうすでにマシロの写真集作成の準備が整っていて、その日すぐさま撮影という形になった。緑色の布の張られ、真っ白い照明に照らされた背の高い空間の中でマシロが走ったり座ったりするのを見ているとなんだか私が緊張してしまってカメラマンとマシロ、典子さんの顔を交互に見ては用意してもらったイスから立ち上がったり座ったり、これまた用意してもらったお茶を飲んだり落ち着かなかったが、出来上がった写真を少し見せてもらったらその出来栄えにさっきまでの心配も吹き飛んでしまった。
 緑色の壁はお花畑や海外を連想させるような街並みに姿を変え、何よりそこに映っているマシロはとても美しかった。
「犬らしいかわいさもありながら、どこか妖美で影のある表情をするところがマシロちゃんの魅力だわ。白い毛並みがより、ミステリアスにも見せてくれるしこれは幅広い年齢層に受けそうね。車のCMなんかも決まりそう」
 典子さんはそういうと私にその大きな黒い目を向け手を差し出した。私たちは強く握手を交わすとゆっくり微笑みあった。

 典子さんが私にお願いしたのは写真集完成までインスタグラムを更新すること。これだけだった。私は言われるがまますぐさまスマホでアプリをダウンロードすると、毎日マシロの写真を更新した。写真は私の撮ったものではなく、インスタ用に撮影された写真だ。これを一日最低3回は更新する。初めてのSNSに最初こそ戸惑ったものの、ただ更新するだけなので仕事の休憩中でも行うことができたし、何より更新するたびに増えていくフォロアーの数字がすさまじく、写真集発売日を目前にしてインスタのフォロアー数は1000人を超えるものとなっていた。この人数の人がマシロの写真集を買ってくれれば、そう思うと私は面白くて仕方なかった。

 写真集は飛ぶように売れ、マシロは瞬く間に時の人ならぬ時の犬としてメディアにもひっぱりだことなった。インスタのフォロアーは1万人を越え、典子さんの言った通り車のCMの契約が決まった。私はすぐさまスーツ販売の仕事をやめるとブログやFacebookを使ってとにかくマシロを売り込むことに専念していた。そして、それらの数字が増えれば増えるほど利益の増えていく仕組みを知ってしまってからの私の生活は、SNS一色となり毎日をただ数字の事だけを考えて過ごした。
 SNSの数字に比例するかのように増えていく預金通帳をみながら完全に浮かれている私のスマホに典子さんからの連絡が入った。仕事の依頼かと思って飛びつくと、そこにはパーティーの招待と書いてあった。

 なれないドレスで家を出て、タクシーへと乗り込んだ後で、マシロにご飯をやるのを忘れていたことに気が付いたが、最近家ではずっとケージにこもりっぱなしで出てこないマシロのことなので一日ぐらい大丈夫であろうと私はさほど気にしないことにした。
 パーティー会場には、同じくモデル犬の飼い主さんや出版関係者、芸能関係の人まで様々な人たちが集まっていて、皆共通してどこかギラギラとした雰囲気を醸し出していた。典子さんはホームぺージに乗っていたのと同じショッキングピンクのドレスを着ている。
「弘美ちゃん!こっちこっち」
 そういって手招きする典子さんに駆け寄ると、そばに背の高く男らしいがスタイリッシュですっきりとしたシルエットのスーツ姿に存在感はあるがいやらしくない黒縁眼鏡をかけた男性が一緒だった。

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