小説

『白い犬』柴垣いろ葉(『山月記』)

 こんな調子が毎晩続くものだから、父が家を出ていった理由が良くわかる気がした。

 マシロとの穏やかな日々が続く中で、ふと私はドッグランという犬が遊びまわれる施設があるということを知り、そんなところでピクニックでも出来たら楽しいのではないかと思って駅から一番近くのドッグランを調べ、レンタカーを借りてマシロを連れてそこへ向かった。

 マシロは珍しく興味深げに窓から外の様子を伺っていた。時折こちらにちらと向ける顔は、なんだか生き生きとして見える。そんなマシロを見ていると私もうれしくなってドッグランへの道を急いだ。ドッグランにつくと大きなログハウスがあり、その奥には犬の遊べる広い芝生が広がっている。犬と人間分の料金を払うと私たちは芝生へと入っていった。中には何匹もの犬がリード無しでかけたり、じゃれあったりして戯れている。
その姿を見て尻尾をピンと立てたまま茫然としているマシロのリードを外してやると、次の瞬間、マシロは芝生の中を一目散に駆け出した。初めて見るマシロの犬らしい姿に私は驚きつつも、その白いふさふさとした身体が緑の中をかけていくのを見送った。

 芝生の中には木製のテーブルとイスも備え付けてあったため、私はその一つに腰掛け家からもってきたお弁当を広げた。犬がいるというだけで、生活に余裕のある人間の暮らしに少し溶け込めたような気持ちがして、私は何とも言えぬ優越感に浸った。周りの人たちも子供連れや、定年を超えて時間とお金を持て余した人達であふれているように見えてくる。そんなことを考えていたら、マシロが私のところへ戻ってきていた。全身で深い息をリズミカルに刻むマシロにおやつのジャーキーを与えてやったりしていたら、マシロの周りに毛並みを足先まで伸ばし、目の上の毛を頭で一つ結びにした小さな犬が2匹駆け寄ってきた。その犬たちは、ドッグランの中にいるどの犬たちとも違っていて、なんというかとてもよく手が込んだとでもいうような風貌をしていた。「すみませんねー。ナナちゃんココちゃんだめでしょー」そう言って現れたのは、紫のウィンドブレーカーにカーキ色のズボンといたってシンプルな恰好をした女性だった。なんだ飼い主は普通なんだなんて思って安心した私は、その2匹の犬にもジャーキーをあげようとした時「すみません。うちの犬は撮影までダイエット中で、おやつ禁止なんです」とその女性は言ったのだ。撮影?なんのことだろうか。
「あらーかわいいポメラニアン。毛並みも白くて珍しい子ね。お名前は?」
「マシロです」
「あらかわいい」
 そういってその女性はマシロに近づいた。よく見ると全体的には控えめなのに、アイライナーだけが異常に濃い化粧をしている。
 マシロは大人しくその女性の手が自分の身体に触れるのを許していたが、別に媚びるようなしぐさをするわけでも嫌がるわけでもなくただじっと座っていた。

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