小説

『父の宝』平大典(『ヘンデルとグレーテル』)

「智美が! ……智美が息してねえんだ」
「ばかやろう! なんで、あんな女を連れてきやがったんだ!」
 自分の声を聞いて、俺は冷静になっていった。
 なぜ智美なんかを武志は連れてきたのか。
 宝は俺と武志で分ける予定だった。誰にも言う必要はない。
 取り分を増やす方法は簡単だ。死体を隠す場所なんか、山ほどある。俺は親父も母親もいない天涯孤独の身だ。
 俺は近くにあった石を持ち上げた。俺の頭と同じくらいの。
 二人で俺を殺すつもりだったんだろう。
 目を瞑り、石を落とした。
「あぶね!」武志の声が響く。
 俺は再び石を拾う。落とす。
「この野郎、糞兄貴!」まだ聞こえる。
 聞きたくない。石を拾う。
 落とす。
 何かを砕ける音がして、武志の声が聞こえなくなった。俺はその後も数回、石を闇の中に投げた。
 石を投げ終えると、俺はその場に膝をついてしばらく動けなかった。呼吸も荒れて、一度嘔吐した。
 落ち着いてくると、リュックから水筒を取り出して、のどを潤した。
 馬鹿なカップルが谷に落ちて死んだということにすればいい。
 正当防衛だ。殺そうとしやがって。
 俺は自分に言い聞かせる。
 行方不明者が二人でもいい。こんな山中じゃ、見つかっても事故だ。橋から落ちて死んだ。帰りは、別のルートを探せばいい。
 俺の総取りだ。俺たちが分かち合ったのは血だけだ。あとはすべて武志に奪われてきた。これは償いだ。親父や武志が俺にしてきた仕打ちに対する。
 俺は先を急いだ。


 森を抜けると、バツ印の位置に到達した。汗が身体中から噴き出ている。空には、雲もなく太陽が燦々と輝いていた。
 もう一度地図を確認する。
 バツ印の位置には、俺よりも背の高い植物が大量に整然と並んでいた。
 見慣れない植物だ。土は肥やしてある。なにかの畑だろうか。上空から見れば、森の中に穴が空いているように見えるだろう。
 こんな場所に宝があるのか。
 ふと、植物が伸びている場所の奥に、小さな木造の小屋があるのに気付く。
 俺はそこへ入る。
 扉を開けると、鼻を刺すような臭いがした。臭いの原因は、天井から山ほど吊るされている植物だ。外にあった植物で間違いなさそうだ。

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