小説

『父の宝』平大典(『ヘンデルとグレーテル』)

「親父が持っていた紙の巻き煙草を盗んでガッコで吸っていたら、センコーにばれちゃってさ。いつも母ちゃんが呼び出し喰らっても、そんなに怒りゃしねえのに。今日は、家に戻ったら、親父がかなりブチ切れて」
「親父が怒るのか?」俺を叱ったことはない。
 家を出て行って以来、親父とは年に数回顔を合わす程度だった。
 親戚づきあいやらなんやらで会うこともあったし、母親が不在の間に、俺と話すために、家へ寄っていくこともあった。ゲームやら高い寿司やらの手土産を持参して、どうでもいいような話をして帰っていった。最初の頃は嬉しかったのも事実だ。ただ、俺も成長するにつれて、親父に失望していった。俺が知る限りの大人の中で、一番しょうもないのが自分の親父だった。
 妻とは違う女に子どもを作って家を出て行って、出て行った家にいる息子の前で、べらべらと勉強は大切だとか、若い頃は無茶やってな、とか無駄な話をしていく。
「俺もあんなんブチ切れられたのも、初めてだったんだよねぇ。で、行くとこなくてさ。ツレとかもガキばっかでさ、恭平さんなら、俺の話判ってくれると思って」
 目の前の武志という少年も親父と同類かもしれない。血が繋がっている程度で、俺と繋がっていると思い込んでいる。
「親父と住んでいたのは、小さい頃だ。……最近は知らんからさ」
「そうだったよね!」武志は嬉々として、答えた。「ごめんね、恭平さん」
 その瞬間、武志がなぜ訪ねてきたのか理解した。
 武志は、親父に初めて叱られたショックで、びびったのだ。自分が親父にこんな目に遭わされるなんて、何か理由があるのだと。
 それは、親父にとって自分が大事だから叱ったのだと思いたかったのだ。
 武志がそれを証明するのは楽だ。親父が絶対叱らない存在、親父に捨てられた俺という存在がいる。
 俺は優越感に浸るための道具だったのだ。

***

 宝探しの日は、親父が死んでちょうど二週間後の日曜日の午前中だった。俺が自動車を出し、武志を家まで迎えに行った。楓さんは地区の行事で不在だったので好都合だった。
 家の前で停車していると、武志が出て来た。それともう一人。
 若い女だった。年齢は武志より若そうで、丸い身体と丸い顔をしていた。問題は服装だ。デニムに半袖のTシャツという軽装だった。靴も厚底のヒールだ。
「恭平さん、こいつ、智美ね」助手席に乗り込んだ武志が告げた。
「お世話になってまーす」智美という女は、猫なで声であいさつしながら、後部座席に乗った。この女もついてくるということか。
「こいつ、俺の彼女なんだけど。もう家族みたいなもんだから。今日のことを話したら、手伝ってくれるって言ってくれてさ」
「どーもー。恭平さん、よろしくでーす」

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