小説

『亀の甲羅が割れた顛末』三号ケイタ(『くらげの骨なし』)

「このような世界があったとはの。この世の物ではないようだ」
 猿が放心して眺めるさまを亀は黙って見ていた。それから猿を用意した宴席へと招いた。
 机の上には、四海の美味、珍味が盛られていた。猿は喜んでそれを口にした。
「喜んでもらえてなによりだ」
 亀はぽつりと言った。猿は嬉しそうにため息をついた。
「このようなもてなしを受けては、わしは感謝してもしきれんわ。しかしの、この恩を受けてもお前に何も返してやれぬぞ」
 亀は、何も言えなかった。猿が喜ぶさまを曖昧に笑って見ながら過ごした。宴は進み、猿は酔いつぶれてそこに横になった。亀はいたたまれなくなり、席を外した。
「よいわ。わしが見張っておくでの」
 海月がやってきて上機嫌でそう言った。
「こうして、姫が癒えればお前は英雄じゃ」
「・・・何も言ってくれるな」
 亀はそのまま泳いでいった。奥の部屋に続く長い廊下を進み、乙姫がふせる部屋の前まで来た。
「誰じゃ」「亀でございます」
「お入りなさい。どうしたのですか」
「姫の病を癒やすことができる薬を、持参いたしました」
 その言葉に姫はほほえんだ。
「本当ですか?私をからかっているのではないですか」
「いえ、偽りではございませぬ」
「そうか」
 そう言って乙姫はしばらく黙った。喜びをあらわにするかと思っていた亀は、不思議に思った。
「亀よ、しかし私は、誰ぞを騙して得た薬などほしくはないぞ」
「・・・」
 その言葉に亀は窮した。乙姫はさらに言った。
「そうまでして得た命に意味などないでしょう」
「しかし、それは竜宮の、竜王の望みでございます」
「いくら父がそれを望んでも、私は望みません」
「ならば、私の、願いでございます」
「・・・」
 乙姫はしばし黙って、それから笑った。
「亀よ、心遣い痛み入りますよ。しかし私はそれをきっと受けないでしょう」
 亀は沈痛な思いで広間に戻った。戻ると、宴席では騒ぎが起こっていた。

「おお亀よ、大変じゃ」

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