小説

『謎のパスモ』太田純平(『謎のカード』)

 どうにも、ピンチ――というよりチャンスが来ると、足がすくんでしまう。特に、女はそうだ。知り合えそうな予感がすると、途端に足がすくむ。
 それにしても、今――。
 あの美女が持っていたパスモが、俺の手に――。
 妙な興奮に包まれた。
 『ツキシロ アヤノ』か。後でネット検索しよう。もし彼女がSNSでもやっていたら、画像を保存――イカン。イカンイカン。なんて浅ましいんだ。俺は紳士、紳士じゃないか。拾い物をしたら、どこだ。どこに届ける。
 とりあえず改札に向かった。
 改札前に事務室があった。中に入って駅員にパスモを渡し、簡単な事情を説明した。すぐに帰されるかと思ったが、駅員は「チョット」と言って奥に下がった。
 何やら駅員同士でヒソヒソ話をしている。表情から察するに、どうやら怪しまれているようだ。気分が悪い。
 昔からこうだ。よかれと思ってしたことが、全部裏目に出る。OLに道を訊かれたから途中まで案内してやったら「も、もう結構です」と気持ち悪いヤツ扱いされた事があった。エレベーターでせっかく『開』のボタンを押してやってるのに「早く降りろ」と何故か老人に怒られた事もあった。
 嫌な記憶を思い出していると、駅員が戻って来てこう言った。
「今、警察呼んでますんで」
「……ハッ?」
 奥の駅員がこちらを見ながら電話をしている。本当に警察を呼んでいるようだ。
「ど、どういう事ですか?」
「事情は警察のほうで」
 駅員は冷たく言うと、カウンターから客側に回ってきて、俺の腕を掴んだ。
「な、なんですか」
 駅員は半ば強制的に事務室の中まで案内し、俺を椅子に座らせた。
 どうしてこうなった。何故だ。意味が分からない。
 そりゃあ、多少のスケベ心を持ってここに来た。拾ってくれたお礼にと、あの美女から連絡が来る可能性も――なんて事を考えながら長いエスカレーターを上った。だからといって、何も悪い事はしてない。妄想は罪に問われない。
 見張りのように立っている駅員に訊いた。
「アノォ」
「?」
「なんで、警察を?」
「……」

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