小説

『謎のパスモ』太田純平(『謎のカード』)

親友はパスモをテーブルに置いた。暫く考えるように目を泳がせると、おもむろに席を立った。
「オ、オイ」
 親友は俺の呼び掛けに答えず、店のトイレに入って行った。
 なんだ便所かよ。
 だけどやっぱり、アイツまで変に――。
 親友のアイツなら、問い詰めたって問題無い。便所から帰って来たら、多少脅してでも吐かせてやる。一体何に気付いたのか――。
 俺からしたらこのカードは、何の変哲もないパスモだ。しかしアイツは表裏を数秒見ただけで、みるみる顔色が変わった。という事はやはり『ツキシロ アヤノ』という名前の中に、何か謎が隠されているのだろうか――。
 あるいは裏に印字された数字が何か関係――いやいや、仮に数字が関係あったとして、数秒見ただけで暗号めいた何かだと分かるだろうか――。
 何か、何かに気付いたんだ、このパスモの何かに――。
 飲んでいたアイスコーヒーが空になった。
 水までなくなった。
 遅い。遅すぎる。トイレに入った親友が帰って来ない。大きい方にしたって、トイレに入ってから二十分以上経っている。
 俺は席を立って、トイレの扉をノックした。返事が無いので扉を開けると、中には誰もいなかった。
「!?」
 縦に開くタイプの窓が開いていた。人一人なら通れそうだ。
 逃げ、た?
 親友、が?
「……」
 人の心はスイッチじゃない。つけたり消したり、そんなに単純なものじゃない。小、中、高――親友との思い出はたくさんある。お互いの家族だって、お互いの秘密だって知っている。
 パスモだ。たかがパスモだ。パスモを見せただけで、こんな簡単に「ハイ、友達終了」なんて、なるか、普通――。
 親友に電話を掛けた。当然というべきか、出ない。
 俺は喫茶店を出て、親友の家に向かった。横浜から電車で数駅。
 この謎のパスモを使って改札を通ったらどうなるかと考えたが、恐ろしくなってやめた。勿論、券売機に入れるまではやったが、ただ、数千円のチャージ金額が表示されただけだった。
 親友の家の玄関前に来た。ノックをしても、チャイムを押しても返事が無い。
 俺は一旦、自分の家に戻った。家に帰ったって考える事は、パスモの事だけだ。パソコンを使って、ありとあらゆる角度から検索を掛けた。『ツキシロ アヤノ』しかり、パスモの裏のあらゆる数字しかり――。
 収穫は何も無かった。

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