小説

『謎のパスモ』太田純平(『謎のカード』)

「言えッ! どうやって手に入れたッ!」
「イヤ、だから、拾って――」
「そんなわけないだろうッ!」
 マジか。このオッサン、マジか。パスモでこんだけ怒れる人いるんだ。
「ど、こ、で、て、に、い、れ、た」
 オッサンは口調を変えて迫った。手にはヒラヒラと、例のパスモを揺らしている。
 一から十まで――いや、百まで説明した。俺の生年月日やら、あの時間、あのホームに居た理由やら、どの乗車口で拾って、あの美女がどういう恰好をしていたかまで全部――。
 何時間尋問を受けただろう。夕方になって、やっと釈放された。二限をサボるどころか、結局全部サボってしまった。
 イライラが収まらない。釈放もクソも、何もしちゃいない。むしろ、善だ。落とし物を拾うという、善を成したはずなのに――。
 しかも警察は何故か「法的に預かれない」と、パスモまで返してきた。あんだけ尋問しておいて預かれないとは、一体警察ってなんなのだろう。
 いっその事、パスモを捨ててしまおうかと思った。厄病神だ、厄病神。
 しかし捨てようかと思う度に、あの美女の顔が浮かんだ。あれは大学生には出せない色気だ。次元が違う。その美女と繋がる唯一の手掛かりが、この、パスモだ。
「ぐっ……」
 結局捨てるに捨てきれず、パスモを持ったまま、バイト先に向かった。横浜駅前にある、チェーンの居酒屋だ。
 店で賄いを食べながら、今日遭った災難について店長に話した。面白がった店長は、そのパスモを見せてくれとせがんできた。別に出し惜しみする理由も無かったので、店長にパスモを見せた。すると店長はパスモを持ったまま事務所に下がって、暫く出て来なかった。
 賄いを食べ終え、事務所をノックすると、店長が出て来て俺に言った。
「お前、クビ」
「!?」
「バイト、クビ」
「て、店長……」
 店長は何も言わずにパスモを返してきて、その後、何を言っても口を利いてくれなかった。調理長にとりなしをお願いしたが、無駄だった。最初は同情的だった調理長も、店長にボソッと何か言われると、急に態度が硬化して、俺を無視した。
「今日、出勤出来ない?」
 俺の交代要員を見つけるため、手当たり次第バイトに電話を掛ける店長を尻目に、俺は力無く店を出た。
 たかがパスモを見せただけで、バイト先がクビ――。
 あり得ない。なんだこれは。俺はありとあらゆる可能性を考えた。
 例えばこのパスモが闇のカードで、怪しい組織との繋がりを――。
 ほら。
 こういう、非現実的なストーリーしか思い浮かばない。
 『ツキシロ アヤノ』は何らかの暗号で――。『ツキシロ アヤノ』は闇の犯罪者で――。
 ほら。ほらほら。

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