小説

『カッソは神になる』美日(『桃太郎』『浦島太郎』)

 それだけでは腹は満たされない。
 だがカッソはライフルを捨てず、トラックの轍を追うことを止めなかった。

 ある日、一つの集落に出た。
 カッソはそこでトラックの行方を聞いた。
 だが村人は「知らない」と答えた。知っていても答えない、と言われた。
「僕はどうしてもあいつらの奪ったものを取り返したい」
 村人はカッソにライフル以外の持ち物はないのか聞いた。
「これは僕の友達の手です」
 カッソはひからびたちいさな手をポケットから出して村人に見せた。
 カッソの言葉に村人は何も言わず食物を与え、水を与え、衣類や靴を与えた。

 次の村で、カッソは食料や衣類を盗んだ。
 村人に説明してもわかって貰えない。カッソはそう思った。
 背中に食い込む銃器を背負い、照りつける太陽の下、砂漠のような荒れ地を進んだ。それでも轍の先にトラックを見つけることはできなかった。
 そのうち風景は山の中へと入り、凍えるような寒さとなった。
 カッソの知らない風景が広がる。
 それでも足を止めないカッソは、あるとき、洞穴に落ちてしまった。
「助けて!助けてえ!」
 だが、カッソの声は誰にも届かなかった。
 カッソはほんの少し差す日のもとに生える草を食べ、雨水を飲み、生きながらえ、時に「助けて!」と叫んだ。
 何日が過ぎただろうか。人の気配などしたことがなかった。

 絶望を通り越して何も感じなくなったある日、カッソの膝の上に、ユキヒョウの子が落ちてきた。
 猫のようにかわいいユキヒョウを、カッソは食べる気持ちになれなかった。
 それよりもずっと寂しかった自分の心に気づいたカッソは、ユキヒョウに兄の名を付けて一緒に暮らすことにした。
 ほんの少しの草を分けて与え、雨水を衣類に含ませて一緒にしゃぶった。
 カッソはユキヒョウとじゃれ、生き物の体温を感じ、愛情を思い出した。
 あの惨劇から初めて、少しだけ、幸せという笑顔になる感覚を思い出した。
 だが冬になると、草は枯れ、食物が尽きてしまった。
 そこでカッソは友人の手を出し、ユキヒョウに与えた。
 ひからびた友人の手を、ユキヒョウはカリ、カリ、と音を立てて食した。
 もう何もない……。

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