春子が家を出よう、と決意をしたのは、母の手作りコロッケがきっかけだった。
二十歳、短大を卒業し、社会に出て働きはじめて五か月がたった。なんとか仕事に慣れてきはしたものの、四年生大学卒の年上の同期たちになんとなく気を使い、くだけて話せる同僚もできず、不満はないけれど靄のような憂鬱がつきまとう朝を何度もやり過ごす日々。このまま少しずつ老いて死んでゆくのだろうか、と漠然とした不安が襲い、眠れなくなる夜もあった。
春子には四つ上の姉がいた。老人のような姿をした姉。
姉の花江はコミュニケーション能力にやや難があった。中学生の時に一度、同じクラスの目立つ女子グループにからかわれて引きこもりになり、受験に失敗し学費の高い私立高校へ進学したがそこでもまた引きこもり、なんとか大学に進みはしたものの中退し、さらにはもう一度違う大学に入り直し、やっと卒業して就職した会社を三日で辞め、そこからもうかれこれ一年ずっと家にいる。
春子にとっては姉がどうなろうと知ったこっちゃない、と思っていた。春子は姉が嫌いだった。はっきりとそう自覚したのは高校生の時だった。
春子の両親は姉の花江に甘く、叱るということをあまりしなかった。春子はそんな両親を見るのが嫌だった。気持ち悪いとさえ思っていた。だから高校生になった途端、アルバイトをはじめて必死でお金を稼いだ。そうすることでしか両親と姉に対する抵抗を知らなかったのだ。
春子はいつしか母方の祖母の家で暮らすようになった。祖母は厳格な人で、がさつなきらいのある春子はしばしば叱られもしたが、祖母の叱り方には春子の対する愛情がものすごい密度で滲んでいたのでまったくいやではなかった。
祖母が癌で倒れた時も、春子はアルバイトを辞められなかった。バイト先に迷惑をかけることはできない。それに、お金を稼げなくなったら両親にお小遣いをもらわなくてはいけない。姉のまるまった背中を思い浮かべながら春子はそう思った。
毎日アルバイトをして、隙間時間にお見舞いに行った。はじめは元気そうにして「身の回りのことを他人様にしてもらうなんてぞっとする」と笑っていた祖母だが、数か月たつと一人でトイレにさえ行けなくなっていた。鼻にチューブをつけて眠る祖母の、ほぼ骨と皮だけの手をそっと握って、春子は一人で泣いた。
そんなある日、バイト帰り、面会時間ぎりぎりに祖母の病室を訪れると、姉の花江の姿が見えた。なんとなく遠巻きに、ぼんやり眺めていると、普段は眠ってばかりの祖母が目を開き、うんうん頷きながら花江の話を聞いていた。
「……でね。大学で同じ研究グループになった奴らがサイアクで、全部あたしに押し付けてくるの。提出が遅れて教授に呼び出されるし、死ねってかんじじゃない?」
頭がくらくらした。祖母が、聞こえているんだかいないんだかわからないような、そんな重たいまなざしで花江を見つめ、それでも優しくうなずいている。もうやめてくれ、と思った。弱り切った祖母に、何十年も生きて、もうきっと長くはないであろう祖母に、そんな汚い言葉で話しかけないでくれ。春子は怒りでどうにかなってしまいそうだった。
「お姉ちゃん」
春子が呼びかけると花江は怯えたようにこちらを見た。お姉ちゃん、なんて久しぶりに使う言葉だな、と思うとなんだか笑えてきた。花江は春子に対して花江なりに思うところがあるのか、話しかけると何かを取り繕うようにする。