小説

『銀河、夢で見た』森な子(『銀河鉄道の夜』)

「あたし、あんたが学校へ行ったり、アルバイトをしたり、社会人になって働いている間に、ずっと考えていたの。本当に幸せになりたいって。それで、でも本当に幸せってなんだろう」
「なに弱気になっているのよ」
「お父さんとお母さんは、幸せなのかな。それに、あんたは?あんたはあたしのことを憎く思っているでしょう」
 春子は何も言えなかった。花江に対して憎しみのようなものを抱えていたのは事実だったからだ。けれど今の春子の胸の中にはそういう感情は一切なく、どころか花江のことを家族として本当に愛しいと思っていた。
「ねえお姉ちゃん。あなた何も話してくれないじゃない、いつだって、今だって。勝手に引きこもって、勝手に私のことを羨んでいたじゃない。そんなことされたら私だって、離れたくなるわよ」
「あのね、上手く話せないのよ、あたし。あんたにはわからないかもしれないけれど、何かを伝えようとするとどもってしまうの。一度それで人に笑われてから、自分のことが本当に間抜けで滑稽な生き物に思えて、もうどうしようもなくなってしまったのよ。きっとあんたも人に言えない悩みを抱えているでしょう。けれどあんたは立派な子だから、自分でなんとかしようとできる。あたしはダメだったの。きっとこの先もダメだろうなって思ってしまったの。先が見えてしまった時の恐ろしさ、あんたわかる?あたし本当に怖かった。ずっとこのままなんだって。それで、その恐ろしさに勝てなかった」
 春子は何も言えなかった。姉がこんなに饒舌に話しているところを初めて見たので、圧倒されてしまったのだ。
「ねえ春子、あそことってもきれい。きっとおばあちゃんもいるわね。ねえ、あなたおばあちゃん子だったのに、あたしが変なことをおばあちゃんに言っちゃってごめんね。あの時のこと、ずっと謝りたいと思っていたの。とても無神経だったわ。許してくれる?」
 春子は、まるでそれに命をかけているように必死な花江の目を見ながら、精いっぱい頷いた。
「許してあげる。だから帰ろう、お姉ちゃん」
 それが最後だった。
 目が覚めると春子は一人暮らしをしているアパートで横になっていた。着ていたシャツが汗ばんで気持ちが悪かったので着替えることにした。
 何気なくスマートフォンを見ると、母親からすごい数の着信がきていた。慌ててかけなおすと、支離滅裂に何かを叫びながら、それでも確かにこういった。
「花江が」
「花江が首を吊って……」
 花江が運ばれた病院に急いで駆けつけると、似合わないワンピースを着て、ものすごく苦しんだ顔をした姉の遺体があった。
 両親が狂ったように泣き叫ぶなかで、春子はそっと花江の遺体に近寄り、その表情を脳にたたきつけるようにまじまじとよく眺めた。
 許してくれる?
 ええ、許してあげる。
 嘘でもいいから、ほめてあげればよかった、このださいワンピース姿を。憧れていたのだといっていて、最後の最後でようやく着ることができたのに。
 春子はたまらなくなって病室を出て、窓の外に広がる夜空を眺めながら深く息を吸った。

 夜明けが近い。

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