小説

『銀河、夢で見た』森な子(『銀河鉄道の夜』)

 そんなことを思いながら目をつむる。
 その夜春子は夢を見た。むせ返るような湿った土の匂いと、頬を撫でるぬるい風が妙にリアルだった、夢のなかで春子は見知らぬ丘にいた。頭上には眩暈がするほど星がひろがっている。その美しさに呆気にとられていると、どこからともなく銀河ステーション、という低くとどろくような声が聞こえてきた。
 気が付くと春子は列車に乗っていた。慌てて窓の外を見ると、自分のいた丘がどんどん遠ざかっていく。頬をつねるとしっかり痛いので、これは本当に夢なのだろうかと不安になった。
 茫然としながら列車を見渡すと、見覚えのある黒い頭が見えた。そっと近づくと、その人物は青ざめた顔で窓の外を見ていた。
「お姉ちゃん」
 呼びかけても、花江は窓の外から視線を外さない。かわりにゆっくり口を開いて「私みたいなのが、こんな美しい列車に乗っていいのかしら」と妙に改まった口調で言った。
 春子は花江の正面に座った。花江は似合わないワンピースを着ていた。派手な花柄で、しかも足元はスニーカーを履いていたので絶妙にださかった。
「お姉ちゃん、その服、似合わないよ」
「うん、そうでしょう。でも着てみたかったの、こういうかわいい服。あたしくらいの年頃の女の子は着るでしょう」
 どうだろう、と思った。花江の着ている服は少し子供っぽく見える。高校生か、大学生くらいの年代の女の子が着るもので、花江くらいの年の女性はもう少し良いものを着るのではないだろうか。一概には言えないが、春子はそう感じた。
「それに、靴を買うお金がなくて、これしか履けなかった。あんたのを借りようかとも思ったのだけれど、でもあんた、あたしのことをすごく冷たい目で見るじゃない?あの目が怖かったの、あたし」
「そう……」
 それから二人は無言で銀河を旅した。花江とこんなに長時間二人でいるのは久しぶりだった。いつもお互い、まるで一緒の部屋にいるとよくないことが起こるみたいに避けていた。
 昔はよく一緒にいた。小さい頃から手先の器用だった花江は春子によくいろんなものをこしらえてくれた。春子と花江はもともと仲の良い姉妹だった。けれど、いつからこうなってしまったのだろう。なにが決定打だったのだろう。
「お父さんもお母さんも、あたしのことを許してくれるかしら」
 そうつぶやく花江の表情が、なんだか本当に泣き出してしまいそうだったので、春子はなんだか花江のことが急に可哀そうに思えて、抱きしめてやりたくなった。
「大丈夫よ、二人とも昔からお姉ちゃんには甘いじゃない。またどこかに一緒に旅行にいったりしようよ。どこへだって行けるわよ、きっと」
「うん、そうね、本当に」
 花江はうわ言のようにそうつぶやいた。

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