小説

『銀河、夢で見た』森な子(『銀河鉄道の夜』)

「おばあちゃん疲れているんだから、あんまり変なこと話さないでよ」
「ご、ごめんなさい」
 またこれだ、と春子は思う。花江は春子が何かを言うと、泣き出しそうな顔をする。その顔を見るとなんだかこっちまで泣きたくなってくる。自分が花江をいじめているようなバツの悪い気持ちになって黙っていると、花江は「バイト帰り?」と訊いてきた。
「うん、そうよ」
「へえ。いいなあ、春子は。毎日楽しいでしょう」
 春子は花江のこれにはもう慣れっこだった。大学生の花江は働いたことは一度もない。アルバイトというものを、漫画やドラマのように、楽しい仲間に囲まれて過ごす一種の遊びのように思っている。春子がどうしてこんなに毎日、擦り切れるように働いているのかを考えたことなんてきっと一度もないだろう。
 返事をせず花江の目をじっと見つめると、小学生のように何も知らなそうな、良く言えば無垢な、悪く言えば間抜けな表情をしていた。
 春子はその時はじめて、姉の花江のことをはっきり嫌いだと思った。

 
 仕事で疲れて家に帰ると、ジャージ姿の花江が背中を丸めてスマートフォンをいじっている。母にむかって、昼間にやっているバラエティ番組について話している。花江は最近、毎日司会の変わるこの番組に夢中で、特に木曜日担当の新人俳優がお気に入りのようだった。母は週に四回、一日三時のパートをしている程度なので、二人でその番組について夢中で話している。
 ねえ、お姉ちゃん、平日の昼間のバラエティ番組を毎日見て、どうしてそんなに無邪気に笑えるの。花江は二人の会話に決して混ざらず、ビールを飲みながらニュースを見た。
 本当は、もっと心持を美しくいたいのだ。けれどどうしてもそれができない。積もり積もって、姉への感情は憎悪に似た何かとても暗いものになっていた。
 春子は母の作るコロッケが幼い頃から一等好きだ。その日、食卓に春子の好きなコロッケが並んだ。
 幼い頃、このコロッケが本当に好きで、母に「毎日食べたい」と伝えたら、喜んだ母が本当に毎日のように食卓に並べ、流石に飽きるよ、とやんわり伝えて、二人で大笑いした記憶がある。
 春子は姉がいなかったらどんなだったろう、とたまに考える。酷いことを考えていると自覚はあるが、考えられずにはいられない。母と旅行に行って、買い物に行って、料理を教えて貰って、高校生の時、あんなにとりつかれたようにアルバイトをしなくてよかったかもしれない。お小遣いを稼ぐ程度にして、もっと他の色んなことができたかもしれない。
 なんて考えながら箸を進めて、コロッケが一つ余った。食べたいところだが、すでに満腹だしなあ、と考えていると、母が「あら、余っちゃったわね」と困ったように言った。
「お父さんが出張なの忘れて多く作りすぎちゃったわ」
「お母さん、私が明日仕事に持っていくよ」
「駄目よ、こんな暑い中持って行って、傷んだりしたら怖いじゃない」

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