小説

『キレイの在り処』十六夜博士(『みにくいアヒルの子』)

「すみませーん」
 前から男が近づいてきた。
――ほら、来た!
「私、フォトジェニック企画の西原と申します。ちょっとお時間良いですか?」
 立ち止まらず歩き続ける真由美に並走し、その男は手に持った名刺を渡そうとする。何かのスカウトか、雑誌に載せる写真を撮っているカメラマンだろう。
――フォトジェニック企画……?
 いつもながら、声をかけてくる男の所属は怪し気だ。
「あまり、興味がないので……」
 真由美は素気ない態度で対応する。
「今、街のフォトジェニックを探していまして、一枚写真撮らせてもらえませんか?」
 男は食い下がった。
「ごめんなさい……」
 歩きつつ頭をペコリと下げると、真由美は歩を速め、男を振り切った。
 写真ぐらいならいいけど――、とも思うが、なんとなく後ろめたい変身姿が記録に残るのもどうかという思いもある。
――ほんと、世の中、容姿よね……。
 メイクをした後の世の中の男たちの反応に遭遇するたびに、真由美はそう思った。このメイクをして街を歩くと、男たちがやたらと声をかけてくる。
 昔、近くの公園の池で、鯉にパンの耳をあげたことがあった。真由美が投げるパンの耳に池の鯉が群がってくる。その貪欲な姿は可愛くもあり、そして不気味でもあった。
――男なんて、結局、美女を漁る、池の鯉……。内面を見てくれる真摯な男性っていないのかしら……。
 真由美は優越感と、残念な気持ちが相まった複雑な思いだった。声をかけてもらえるのは嬉しいが、幻滅もするからだ。
 メイクをして街を歩くと、2種類の男たちと出会う。ひとつは今しがた出会った仕事として声をかけてくる男。そして、もうひとつはナンパだ。
 ナンパしてくる男は数知れずだが、真由美はまだ男についていったことはない。ナンパ男と楽しくおしゃべりできる気もしなかったし、ナンパ男にホテルでも連れて行かれたら色々な意味で大変だ。ナンパ男の目的はそれしかない、と真由美は思っている。
 特殊メイクの欠点は水に弱いこと。だから、この姿のまま男性と親密になるのは難しい。
 このメイクは自信回復のツールなのだ、と真由美は割り切っているし、それで充分だった。

 いつものようにひとしきり男に声をかけられた真由美は、別世界を闊歩した余韻のまま、帰宅した。

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