小説

『悪夢的存在』和織(『冗談に殺す』夢野久作)

「大丈夫。お前は何も悪くない。当然の結果だ。そうだろう?あんな女生きていないほうがいい。それは間違いのない事実だ。いいな?お前は、悪くないんだ。俺はちゃんとわかってる。誰だって、俺と同じように思う筈さ」
 鏡の中の男は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。俺の言葉に微かに頷いたように見えたが、視線を正面に移した途端、ハッとして後退りした。多分、ガラスの向こうの刑事たちと目が合ったのだろう。いっそう表情を歪め、ガタついた足で、訳のわからないことを叫びながら走って行ってしまった。
「お前はヒーローだよ」
 可哀そうな後姿を見送って、俺は呟いた。あいつが今どんなに情けない姿であろうと、誰がなんと言おうと、俺にとってはヒーローだ。あいつは正しいことを実行した。冷静になった考えたとき、それを警察に黙っていることはできないだろう。言い逃れてしらばっくれるなんてことは、できない。この先に残っているのが、「自分の使命を全うした」という気持ち、ただそれだけと共にある余生だとしても、周りから同情され、一見惨めであったとしたって、それでもあいつは立派な人間だ。俺だけは、それを理解している。
 すがすがしい気分で外へ出ると、するとすぐに二人の刑事が近寄って来て、年配の方が俺の名前を確認してきた。俺は、ゆっくり頷いた。
「この記事を書いたの、あなたですよね?」
 刑事はスマートフォンの画面を俺に向けてそう言った。「人気モデルの真の姿」、そうタイトルのついた記事がある。間違いなく、俺の書いたものだ。
「ええ」
「彼女の居場所をご存知なんですね?」
「ここですよ」俺はあの家の住所を書いたメモを、刑事に手渡した。「ここに、彼女はいます」
 刑事たちは、疑うように俺を見る。
「本人を椅子に縛り付けてあるんですけど、いちよう正当防衛ですから。ああでもしておかないと、ナイフを手に向かってくるんですよ、彼女」
 俺は言った。状況的に、嘘は言っていない。女は確かに、「殺してくれ」とせがみながら、俺にナイフを持たせようと必死だったのだから。

 

 女が滞在していたあの家の持ち主の死体は、すべて揃うのに結構時間がかかったらしい。何せ女は、いつもやりたいようにやっては動物の死骸をあの井戸へポンポン放り込んでいたのだ。それが、あの家を横取りすることを決めたとき、殺してにバラバラにした元の持ち主の死体と、井戸の中でぐちゃぐちゃに混ざり合っていたのだから、取り出してきちんと揃えるのは、それはそれは大変な作業だったと思う。

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