小説

『悪夢的存在』和織(『冗談に殺す』夢野久作)

 もちろん、俺が罪に問われるようなことは一切なかった。女が俺に不利になる証言をすることはなかったし、最初にあの家に入って異常な臭いに気づいたとき、ちゃんと釘を刺しておいたからだ。「見たくないものがあった場合、ここへは二度と来ない」と。だから俺は、女が作業をしているところを実際に見たことはない。「犯罪」を、目にしてはいない。ただ、女がしていることに見当がついていただけだ。俺が女を匿っていた訳でもない。ただ、記者として「独占取材」をしていただけ。
 最初にネットに乗せた記事だけで、俺は記者として一躍有名になった。ほんのさわり程度を書いた記事、その話題は強力なウイルスの様に、画面の中を一気に汚染していった。俺は、ヒーローにはならなかった。なぜって、もう一つの物語を、事前に想像していたから。あの鏡の中にある物語。自分の欲望に合わせて人を操る女と、使命感に支配された男。確かに男は立派だった。だけど、立派になって終わってしまった。俺は、もっと卑しく生きられる。あの女は刑務所の中でも、俺の取材を快く何度でも受けてくれるだろう。なぜならあいつは、俺を前にして、俺の手で生きたまま体を切り刻まれることを想像しただけで、この上ない幸福感に満たされることができるのだ。死刑が執行されるまで、俺は何度でも会いに行ってやるつもりだ。その度に、新しい記事が出る。本だって、何冊か書けるだろう。離れていれば、悪夢は金の延べ棒に変わるのだ。

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