「本当にこの道であってる?」
僕の声にだいぶ不安が混じっていたのだろう。助手席で退屈そうに髪をいじっていた彼女が振り向いて微笑んだ。
「大丈夫、間違っていないから」
そう言って、彼女はいつも大事に抱えているペットボトルの水をコクリと飲んだ。ふー、と満足げに息を吐くとコツンとおでこを窓にあてて、しっとりとして暗い外を眺めだした。
付き合ってもうすぐ1年になる彼女に「実家に一緒に来て欲しいんだけど」と言われた時には、内心もんの凄く動揺した。「えぇえぇ・・・、い、いいけど。じ、実家ってどこ?」と、聞き返したとき、自分がどんな顔をしていたのか定かじゃない。そんな僕の様子を見て、彼女はくすくすと笑って、
「そんなに緊張しないでよ。もともとの約束なの。1年たったら一度顔を見せに戻るって。親戚が興味本位で集まるかもしれないけど気にしないで」
と、海の方にあるという彼女の家族のことを話してくれた。末っ子の彼女が実家を離れる時は結構大変だったらしい。1年たったら恋人を連れて顔を見せに来ること。これが街で暮らす条件だったらしい。
「まぁ、あなたも知っている通りその時と相手は違うんだけど」
ペロリと舌を出して笑った彼女が可愛すぎて僕はあらためて1年前のあの夜に感謝した。
彼女との出会いは1年前の雨の夜だった。人通りの少ない山道を車で走っていた時に、雨の中にうずくまる彼女を見つけた。思わず車を止めた。大丈夫かと問いかけると、足が痛くて、とかすかな笑顔を浮かべて彼女は振り向いた。まるで海からあがってきたばかりのように髪は艶やかに輝き、真っ白な顔と赤い唇は思わず見とれてしまうくらい美しかった。迷わず車にのせてしまった。
なんであんなところを歩いていたのかと不思議に思う僕に、彼女は自嘲気味にぽつぽつと彼女の実家から出てきて今に至るまでを話してくれた。言葉少なに語り終えた彼女は苦笑しながら、
「要するに彼に振られたの」
「その彼、馬鹿だよ」
別に彼女を慰めるつもりとかじゃなくて本心からそう思った。彼女がじっと僕を見ていることがわかって気付かないふりをして運転を続けた。しばらくして「ありがとう」とつぶやいて、彼女は助手席の窓に向き直った。
彼女が住む街に送り届けた時、僕は勇気を持ってもう一度会えませんかと尋ねてみた。彼女は少しびっくりしたように大きく瞳を広げたけど、柔らかく微笑んでうなずいた。その日から僕たちの付き合いは始まった。
一体どれだけ走ったのか。彼女の指示に従って地図も景色も見ないで車を走らせ続けている。いくつかの山や街を通り過ぎ、どこを走っているのか僕にはもうわからない。