小説

『no little red food』日吉仔郎(『赤ずきん(little red hood)』)

  【問題①】
  ニワトリ、ネコ、イヌ、ロバの四種類の動物が一列に並ぶ場合の数は何通りですか

 
 ニワトリが先頭の場合、次にくるのはネコかイヌかロバ、ネコだとしたら、さらに次はイヌかロバ、イヌだとしたら、残りはロバ。
 樹系図を描きながら、わたしはどういう場合があるのか、どういう場合はないのか、間違えないように計算する。
 ――恐竜も滅びたし、ニホンオオカミも滅びたし。
 動物園でお父さんはそう言った。その通りだ。もう恐竜もニホンオオカミもいない。うちの両親だってもう離婚した。
 でも、まだ鰻もパンダも滅びてはいない。
 林田さんがずっとお父さんと会い続けないといけないかどうかも、まだ決まっていない。
 わたしはやっぱり、算数の宿題プリントをやるのをやめた。代わりに絶滅危惧種の本をランドセルから出した。林田さんの貸し出ししてくれた本には、色んな色んな動物が載っている。デリケートでみょうちくりんな、いつ滅びてもおかしくない、でもまだ滅びていない、動物たち。
 わたしはパンダのページを開く。
 カラー印刷のページの写真には、笹でいっぱいの森を背に、白黒の野生のパンダがくっきりと映っていた。パンダは中国四川省の高い山の斜面に住んでいる。本来は木の実や肉を食べていたけど、パンダの先祖は知恵を絞って、他の誰も食べない笹を食べて生き残る道を選んだ。竹林でひっそりと暮らしていたのに、ある日探検家に見つかって以来、珍しくて美しい毛皮のために人間にパンダは殺されるようになった。さらに街が大きくなるにつれパンダの住める山は減って、個体数は減少し、パンダは1990年、国際自然保護連合によって、絶滅危惧種に指定された。
 野生のパンダは近い将来、世界からいなくなってしまうかもしれない。
 ――鰻とかみんな食べてるからな。おれたちだけ食べなくて意味あんのかな?
 でもどうやら、そんなふうに、諦めるひとばかりではなかった。パンダにいなくなってほしくないと思ったひとたちは、ただ見ているだけじゃなくて、謎でいっぱいだったパンダの生態をいままでより詳しく調べた。自然保護区を作ってパンダの暮らす場所を守った。2014年になると、野生のパンダの数はおよそ1850頭にまで回復した。まだまだ少ない。けれど、一度は住処を追われたパンダは、着実に、また竹の生い茂る斜面で暮らせるようになりつつある。
 2016年、国際自然保護連合は、パンダがもう絶滅危惧種ではなくなったことを発表した。強い力に押し潰されていなくなってしまいそうだったパンダは、いなくならないかもしれないということだ。諦めずに考えて、何かやってみれば、違う結果があるかもしれないということだ。
 わたしは林田さんに、伝えなければいけないと思った。パンダが絶滅危惧種ではなくなったこと、林田さんが、わたしと同じように、離婚した後もお父さんと会わなきゃいけないとは限らないっていうこと。
 ――お父さんと、会い続けないといけないのかな?

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